終夜(よもすがら)、メイドは祈りに微笑む
ゴブリンの残党は結界へ群がり、
赤い瞳をぎらつかせていた。
その眼には、捕食とは違う――
“何者かに命じられた獣の狂気” が渦巻いている。
子供たちだけを求め、
牙を剥き、
結界を叩き続ける。
「……また幼い子供を襲うとは……」
宙に静かに浮かぶヴィクター・シルバーハート。
低く吐き捨てた声は、怒りよりも哀しみを帯びていた。
だが、すぐに瞳が鋭い灰色に光を宿す。
「……いや、これは違う。
獣の衝動ではない。あまりにも執着が濃い。
まるで、何かを奪うことだけを目的とした、“見えぬ糸”に操られている……」
月光が彼の銀の髪を照らす。
その一瞬の光に浮かび上がった横顔には、 かつて宮廷魔導士として王を守り、 そして―― 守れなかった、愛する幼い息子と娘、レオンハルトとリーナの影が、深く刻まれていた。
誰にも見せない痛み。 それでも背筋は、折れていない。
「――二度と、私の愛する者を、この狂気によって失わせはしない。」
低く、静かに。
しかし、揺るぎない決意で呟く。
リディアがメイスでゴブリンを結界前へ追い立てると、
ヴィクターの杖がわずかに震え、白い閃光が駆け抜けた。
「〈大地の抱擁〉」
轟――。
大地が泥へと変質し、
ゴブリンたちの足を絡め取り、
次々と地中へ引きずり込む。
「ギャアァァ!!」「キシャァ!!」
絶叫が夜を裂き、
やがて泥が締まると同時に、闇が静寂を取り戻した。
杖先のクリスタルが月明かりを反射し、
冷ややかに輝く。
その姿はまるで――
孤独な神罰の執行者。
だが、その手は僅かに震えていた。
押し殺した嗚咽。
胸奥の痛みが滲み出る。
「神よ……もしこれが、我々が失った『愛』を試す試練だというのなら…… あまりにも、酷むごすぎるではないか……」
それでも――
領主として。
魔導士として。
失った家族に、生き残った者に恥じぬよう。
ヴィクター・シルバーハートは、
涙を滲ませながらも、夜の風に背を向けず立ち続けた。
ただ一人、
静かに戦場に残された男の背中は、
誰よりも強かった。




