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異世界スイートテイル 〜狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。  作者: 2番目のインク
第一部:狐嫁と光の祭り・災の神編

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狐の嫁入りは誰にも見られてはいけない掟なのです(肉球マーク)。

「ふあ~、よく寝た~~!」


カリンが猫みたいに伸びをして、ぱっと目を覚ました。

寝起きの顔なのに、声だけは全快だ。


「わぁ、海! 青い! 最高っ!」


「起きて三秒でうるさいな」


「うるさくないし。これは感動の音量だよ。」


目をらんらんと輝かせ、カリンが叫ぶ。


「青い空~♪ そよぐ風~♪ ふんふんふん~♪」

(憧れのハワイ航路)


「お前、いくつだ?」


ハンドルを握るパパタローが、呆れたように片眉を上げた。


「じゅうななでぇす♡ あらやだ、二十九でおボケなさった?」

「こらこら、カリン君。足をダッシュボードに乗せるな、行儀悪い」

「違うわよ! 新車でしょ? 足跡つくのがイヤなんでしょ? ケッチィ~!」

「ケチじゃなくて常識だ」


「常識って、だいたい誰かの都合だよね」


「そういう哲学いらないから足を下ろせ」


「はいはーい。……でもさ、これ事故ったら足が吹っ飛ぶやつ?」


「そうだよ」


「こわっ。常識、最高じゃん」


……パパタローはタジタジだ。


ケチは否定しないが、やっぱり行儀は悪いと思う。


と、そんな心の声を見透かしたように、カリンが話題を変えた。


「それより~!」


窓の外に両手を突き出し、まぶしいくらいの笑顔で叫ぶ。


「眼下に広がる青い海っ!

 突き刺すような陽射しっ!

 今日は花火大会っ! いいねっ! 最高だねっ!

 手羽先せんべいっ! どえりゃー うみゃー がね!!(とってもおいしいわの意味)」


サービスエリアで買ったお土産を開き、もぐもぐと、パッケージに書かれた名古屋弁を真似して、目をキラキラさせながら連呼している。


「……あとビール、ほしいかも」


と、ぼそっと呟いたあと、急に元気よく叫ぶ。


「未成年者飲酒禁止法な。満二十歳まではアウト。おまえ十七。」


「そんなことより~見て! 海だよっ!」


はぁ。

結局、パパタローはカリンの勢いに押されて、何も言えなくなっていた。


ふと、視界に映る、懐かしい空。

やがて、その先に見えてきたのは――幽玄森ゆうげんのもり


「……もうすぐ着くな」


「パパタローの言ってた、思い出の森ってやつ~?」


「まあな。小さい頃、よく来てた」


「へぇ。そこで何してたの?」


「……石に話しかけてた」


「やば、かわいい」


「かわいくない。やばいだけだ」


「いや、かわいいよ。孤独な少年が石に話しかけるとか、完全に主人公じゃん。」


「勝手に物語にするな」


その時――ヒュッ!


空を切るようにして、茶褐色の物体が視界を横切り、そのまま森の中へ消えた。


「……今の見たか?」


「え? なに?」


「なんか飛んだ。隕石か?」


「隕石はもっとこう……メラメラしてない?」


「じゃあ何だよ」


カリンはスマホを取り出して、カメラを起動する。


「ドローンじゃない? ほら、最近多いじゃん」


「森の上に?」


「森ってそういうの集まるんだよ。映えとか、心霊とか、陰謀とか」


「雑な括りやめろ」


「ねーねー、宏美おばあちゃんに“隕石見た!”って言ったら喜ぶかな」


「余計な不安を与えるな。電話しとけ。もうすぐ着くって」


「はーい」


カリンは発信ボタンを押して、スピーカーにした。


『もしもし? カリンかい?』


「あっ、宏美おばあちゃん! 今ね、海見えてる! すごい青!」


『海より先に、ちゃんと太郎にシートベルトさせなさい』


「えっ、してるよね?」


「……してる」


『してない声だねえ』


「してるって」


『みんなまってるから、気をつけておいで』


「りょーかい! スイカ冷やしといてー!」


カリンは通話を切って、窓の外を指さした。


――ポツリ。


フロントガラスに、一粒の雨。

晴天なのに、前方だけが雨に包まれていた。

それは、まるで空と地面を繋ぐ光のカーテン。


「わぁー。幻想的! お天気雨っていうんだよ、パパタロー! こういうの、“狐の嫁入り”って言うんだって!

 ……昔の人は、見ちゃいけない神様の婚礼を見てしまった罰として、異界に連れて行かれるって……ふふ、ロマンチックじゃん? 憧れちゃう~」


「狐の嫁入り? なんだそりゃ。昔話か?」


「ふふっ、ただの気象現象~」


軽く笑いながら、カリンは指をフロントガラスへ向け、雨の境界を指さした。


「ただの気象現象なんだけど~、あの雨の境界超えたら、異世界とか行けそうだよ!」


「んなわけあるか……」


呆れたパパタローが返す間もなく、


「つっこめーー!!」


カリンが絶叫した。


「はいよぉ、つっこみまーす。」


やる気のない返事と、しゃーねーなという態度で、パパタローはアクセルを踏み、雨の境界に入り込んだ。


ずしん、と世界が沈む。

世界が、歪んだ。


雨が上から降るのではなく、地面から空へ吸い込まれ、

風の匂いまで逆さまになる。


景色が歪んで見えているのに、なぜか“匂い”だけがはっきりしていた。


――白檀(びゃくだん)のような、夏の夕立前のような、懐かしい湿り気の香り。


「……カリン?」

車内に残ったのは、エンジン音と、カリンの呼吸だけだった。


その瞬間、視界の先で光がほどけた。

金と白の尾が八本、揺れるたびに空間の裏側が透けて見える。

光の中心に浮かぶ女性は、夜空の星を集めたような瞳でこちらを見つめていた。


凛とした神獣の威厳と、少女の柔らかな気配が揺らぎのように混じり合っている。

その存在は、現実と夢の境界に立つ“神話の肖像”だった。


パパタローが息を呑むと、彼女は微笑んだ。


「……やはり太郎殿は、昔と変わらず素直じゃのう」


「……」


声が――二つに響いた。

壮大な響きの“古の声”と、かすかに幼さを帯びた“今の声”。

重なるたび、胸の奥が震えた。


「久しいの、太郎殿。妾じゃ。覚えておるかえ?

 幼きそちが、幽玄森の石に語りかけてくれた日々……

 あれはすべて、妾が聞いておったのじゃ」


「ま、まさか……あの苔の石が……!?」

(はずかしい…)

「左様。妾はかつて“妖石”として森を見守っていた九尾の狐、翠狐すいこじゃ」


尾が揺れるたび、狐の影が彼女の足元に一瞬浮かんでは消えた。

擬態の綻び(ほころ)――美しさを刺す細工のようだった。


「……で、でも、なんで今こんな……?」


翠狐はふいに、恥じらうように視線を逸らした。

金色の髪の奥で、耳らしき影が一瞬、ぴくりと揺れる。


「狐の嫁入り

 そちは妾の“転生の儀”に、どっぷり割って入ったのじゃ。

 昔から、決め時に遠慮のない子じゃのう」


からかう声の奥に、古い傷の影が揺れる。

強く見せても、どこか壊れそうな少女の横顔がそこにあった。


わらわの一族にはな。

 “狐の嫁入り”で異界の門が開くそのとき、もしその姿を人の男に見られてしまったなら……

 強制的に、その……見た者が妾の“婿殿”と定まってしまうのじゃ。」


パパタローがカリンをちらりと見る。

(さっき言ってた事か?)


それを察してか翠狐が言った。

「女には見られんよ。あやつらは門が開く瞬間、まるで神に撫でられたかのように、

 ふっと眠り落ちてしまうからの。


 とはいえ、“掟”が縛るのは運命の糸だけで、婚姻そのものはそなたの同意なくして成立せぬ。

 どうじゃ、そなた……この奇縁、受け入れる覚悟はあるかの?」


小さく震えたその声は、大妖の威厳ではなく、

“断られるのでは”という少女の不安だった。


パパタローは、ゆっくり息を吸った。



翠狐の瞳が揺れた。

(――そうか。やはり、だめ、か……)


「……いいよ」


「……え?」


息が、ひとつ詰まった。

星の粒がひとつ増えるように、きらりと光る。



「昔から……誰かに呼ばれてる気がしてたんだ。

 答えなきゃいけない気がしてた。

 ……それが、お前だったんだろ?」


翠狐の頬が赤くなる。

髪の奥に隠れた耳が、わずかに震えた。


「そ、そちという奴は……。

 まったく……ずるいことを言うの……」


尾の根元がふわりと開き、光が溢れ出す。


「よいか、太郎殿。これより“守護の尾”を授ける。

 妾の命の欠片……そちと同じ速さで歩くための力じゃ」


一本の尾が抜け落ちた。


「う……くっ……」


痛みに耐えるように眉を寄せたその姿は、

千年の神獣ではなく、肩を寄せたくなる“少女”だった。


尾は光となってパパタローの右目に吸い込まれる。

狐火が瞳に散り、紋様が花びらのように浮かび上がる。

ふわっと柔らかく、ほんのり弾力のあるものが「ポン」と右目を押した。

まるで小さな子犬の肉球で、むにっと踏まれたみたいだ。


「……肉球みたいじゃろ」

翠狐が、どこか誇らしげに言った。


「……狐の肉球か」


印は光を帯びて微かに震え、生き物のように温かく、契約の存在を主張していた。


続いて――

カリンの右手に、ふわりと何かが触れた。


「ポン」


音というより、柔らかい肉球を押し当てられたみたいな感触だった。


カリンは寝息をひとつ深くして、口元がゆるむ。

唇の端に、小さな雫がきらりと残った。


……気持ちよかったのか?

たぶん、そういう“気持ちよさ”だ。

身体の力が抜けて、思考だけが遠のく――神に撫でられたみたいな。



翠狐の髪がまた少し短くなり、影を帯びていく。

髪色は、金色からじわりとトーンを落としはじめた。


風が止まり、空気がひんやり揺れる。


「尾を渡すたびに……妾は、“完全”から遠ざかってゆくのじゃ……

 それでも……良いのじゃよ。


 そちと、同じ速さで歩けるのならば……

 どの道、このまま異界に降り立っても、生きていけないからな。」


幼くなった声が、胸の奥で震える。


「従魔も必要じゃな。

 妾に仕えてきた長き友を……送り出そう」


翠狐の尾が赤い光を弾き、

小柄な紅狐がふわりと姿を現した。


その狐は、翠狐と同じ匂いを纏っていた。

まるで、ひとつの魂から分かれた欠片のように。


翠狐は、そっとその狐へ視線を落とした。


「この子は……妾の尾より生まれし従魔。

 “天音あまね”と呼んではおるが……

 それは名ではない。あくまで“響き”の性質を指す言葉じゃ」


紅狐はコテンと首を傾げ、パパタローを見つめた。


翠狐は続けた。


「名は、まだ持たぬ。

 名は力、名は縁。

 この世で生きるには──“主”が名を授けねばならぬ。


 忘れるでないぞ、婿殿。

 異界へ渡ったなら……必ず名を与えてやれ。


 従魔にとって、主から授かる名は……最強の加護となる」


言葉の奥に、

“パパタローにしかできぬ役目”としての重みが宿っていた。


紅狐は、パパタローの足元へすり寄り、

「キュッ」と小さく鳴いた。


その鳴き声は──

まるで「名前、楽しみにしてる」と言っているかのようだった。


声の端が震えた。

神獣の王家の威厳ではなく、

ひとりの少女が、愛するものを手放す痛みだった。


尾がもう一本消えると、翠狐の髪は肩に触れるほどの長さになり、

髪色が、苔色へと沈みはじめる。


風が止まり、空気がひんやり揺れる。


「……また、近づいてしまったの。あの日の姿に……」


「残念か?」とパパタローが問うと、

翠狐はゆっくりと首を振った。


「いいえ……。

 こなたは、弱った妾のほうが……守りたくなるのであろう?」


「まあね」


「……ならば、妾は妾でいよう。

 この姿で……そちを待つと決めたのじゃ」


光が世界を包む。

逆さまの虹が裂け、月が笑うように歪む。


最後に見えたのは――

涙をこらえながら微笑む、少女の翠狐だった。


「……異世界で、妾は待っておるぞ。

 太郎殿……婿殿……」


翠狐は、雨の音に紛れるような細い声で歌を紡いだ。


 君ゆけば 封ぜし縁も 息を吹き

 名なき記憶は 今 芽ぐみたり


(現代語訳)

あなたが歩むたび、封じられた絆が息を吹き返し、

名も持たなかった記憶が、今ここで芽を出すのです。


その歌が太郎の耳に届いたのかどうか、誰にもわからぬまま──

世界は静かに反転した。


赤い車は、夜の高台からそのまま滑るようにガードレールを越え、湖に落ちた。


水しぶきが高く上がる。だが、音はしない。誰も見ていない。カメラも、通行人も、警報もない。


まるで最初から存在しなかったかのように――

湖へと沈む車。


けれど、意識は浮かぶように、新しい空へと昇っていくにつれ、

音が戻る。

風の匂いが鼻をかすめる。


空にかかる逆さまの虹の中、巨大な月が、まるで笑っているかのように歪んでいた。


車内でパパタローは、外を見て茫然としていた。


「……あれは、月か?」


《起きろ!》

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