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 今夜の九時にボウルスタジアムへ。ナインはそう言っていた。ボウルスタジアムはテニスコートや野球用スタジアムがある巨大施設で、ハルトも以前、高校の野球応援で行ったことがある。ハルトが変身して走れば、家から三〇分ほどで着く。

 約束の時間まで、どうするか。いったん家に帰り、作戦を立てるか。しかし、どんな作戦がある? 父さんやシュートを連れて行くわけにはいかない、エリザが殺される。一人で行くしかない。場所は相手の所有地だから、相手の方がよく知っているだろう。スタジアムの中にエリザが捉われていてそこで戦うなら、奇襲攻撃は難しい。ハルトのクモの能力で天井や壁に張り付いて、見えない位置から攻撃をしかるなどしたいが、球場には天井がないから、張り付いて死角に潜むことは難しいだろう。

 敵は少なくともナインとセイドがいるから、二対一で戦うことになる。ひょっとしたらジェイニーや他の仲間、最悪の場合、顔も能力もわからない敵が何人も待ち受けているかもしれない。

 だが、ハルトは今まで、自分の身体能力とナイフだけで、敵をなぎ倒した。今回だって、エリザのことは心配だが、奴らと戦って負ける気はしない。あんな、大切な人をさらっておびき出すようなクソ野郎どもに負けるはずがない。

 いったん落ち着こう。帰って、父さんと家族の顔を見るんだ。そして腹ごしらえをする。

 そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が頭上から聞こえてきた。

「ハルトー! 無事か!」

 見ると、巨大なグリーンの羽をはばたかせ、チョウの怪人が空を飛んでいる。変身したシュートが、駆けつけてくれたんだ。シュートはハルトのそばへ着地し、あたりを見渡した。そして、周りに敵がいなさそうだと判断したのか、その変身を解き、警官の服を着た姿に戻った。

「ハルト、この辺りで変身しただろう。他にも、二人のハザードがいるのが分かった。だから、急いで空を飛んできたんだ。とりあえず、怪我がなさそうで何よりだ。何が起こったんだ?」

「シュート……」

 ハルトは、エリザを攫われた絶望と、自分のせいだという責任感に押しつぶされそうだった。泣きそうな、しゃがれた声しか出ない。

「どうした、ハルト。他のハザードはどうしたんだ、逃げたのか? お前が倒したのか? ゆっくりでいいから、説明してごらん」

「シュート……、俺のせいで、大切なひとが……」

 何から話したらいいか。まず、ナインとセイドが現れたことを、話さなければ。頭の中を整理しようとしていたとき、そばの路地をまがって、白い乗用車がやってき、ハルトとたちのすぐそばへ停車した。運転席側のドアが開き、童顔で黒髪の男が話しかけてきた。

「おお、どうしたんだ? クソ洩らしそうな顔しやがって」

 父さんだ。父さんもサーチパワーでハルトらの変身を察知し、迎えに来てくれたのだ。

「シュート、ハルト、とりあえず無事でよかった。何があったか聞かせてくれよ。とりあえず、車に乗るんだ。本当は、女の子しか乗せたくないところだけど、今日は仕方なしだ」

 父さんの冗談にシュートが笑ったが、ハルトは反応する気にもなれなかった。


**


 ハルトは父さんの車に乗せられて、バー・ムーンへ向かった。ムーンへ着いたら、ハルトとシュートはカウンターに座らされ、父さんはカウンター越しで飲み物を出してくれた。ハルトの前にもオレンジジュースを出してくれたが、飲む気になれなかった。

 父さんが、最初に口を開いた。

「俺は、サーチパワーで三人のハザードの脳波を捉えたんだ。ハルトの学校がある方角だし、もしやと思って車で駆けつけた。そしたら、ハルトとシュートがいたってわけだ」

「俺も、ミスター・バナグラスと同じような状況でした。脳波を感じたので警察署を飛び出て、その方面へ向かった。駆けつけたときには、もうハルトしかいませんでした。ミスター・バナグラスより、少し前に到着しただけで、俺自身、何が起こったのか知らないんです」

 シュートは、父さんに出されたコーラを飲んでからそう言った。

「つまり、真相を知っているのはハルトだけか。話してごらん」

 父さんはカウンターに腕を置いて、優しくそう言ってくれた。

 ハルトは一旦唾を飲んで、ゆっくりと口を開く。

「今日、俺は普通に学校に行ってた。それで、学校の帰りに、女の子と喫茶店に寄ってたんだ。エリザ・ヘップルワイトって子だ。で、喫茶店にいるときは何も起こらなかった。日が暮れてきたから、二人で一緒に店を出たんだ」

「なるほど? でも俺がかえつけたときには、そのエリザは君のそばにいなかったね」

 父さんが顎をさすりながらそう言った。眉を寄せて、険しい表情になる。エリザがハザードたちの争いに巻き込まれたことを、ハルトの発言から察したのだろう。

 ハルトは頷いて、話を続けた。

「俺がエリザと二人で帰ろうとしていたら、突然二人のハザードが目の前に現れた。モンキータイプのハザードと、ローズタイプのハザードだ」

「ナインとセイドだ!」

 シュートが目を見開いて、そう言った。

「うん、シュートから話を聞いていたから、俺もすぐに分かった。グリーンコア・カンパニーの差し金だったんだ。セイドのツタの能力で、エリザが捕えられた。そして、エリザを連れ去られたんだ。

 奴ら、たぶんここ数か月、俺のことを探してたんだ。以前、グリーンコア・カンパニーの下っ端をやっつけたから。それで、ついに今日俺のことを見つけて、大切な人を連れ去っていった。

 今夜の九時、ボウルスタジアムに来いって言われてる。一人で来い、そうすればエリザは見逃してやるって」

 ハルトの話を聞いて、父さんもシュートも息をのんだ。

「……そんなことが」

 シュートは、両手で顔を覆った。何を言っていいか、どうすればいいか分からないという感じだ。たぶん、ハルトのことを助けようとしてくれているんだ。けれど、シュートを連れて行ったら、エリザの命は奪われてしまう。だから、必死に悩んでくれている。

 父さんの剣幕はもっとすごい。さすがの父さんも、軽口を叩いたり、酒をがぶがぶ飲んだりしている場合ではないと思ったのだろう。だが、年調者だからか、はっきりとした意見をくれた。それは、ハルトにとってはあり得ない提案である。

「ハルト。俺が提案する二つの中から、どちらか片方の作戦を選んでくれ。頼む」

「なに?」

「ひとつ。まず、これが一番だ。行くな。もうひとつ、俺と一緒に行け」

「え?」

 一瞬、頭が真っ白になった。父さんはいったい、何を提案した?

「それでは、そのエリザって子が助けられません」

 シュートがそう言った。その通りだ。俺が時間通りいかなかったら、約束を破ったとしてエリザが殺される。父さんを連れて行っても、仲間を連れてきたとして同様にエリザが殺される。

 ハルトは、生きた心地がしなかった。ひたすらエリザが心配だ。口の中が、乾き始めた。父さんの言う意味が、良く分からない。

「父さん……、シュートの言うとおりだ。それじゃあエリザが助からない」

「俺は何も、エリザが助かる方法を言ったんじゃない。ハルトが助かる方法を言ったんだ。いいか、これは罠だ。罠どころじゃない、見えてる地雷だぞ。わざわざ踏むな。相手は今夜、お前を狩るつもりなんだ。戦い慣れたハザードがいるだろうし、相手は複数いるはずだ。お前を仕留めにかかってきている。

 そんなところに、わざわざ行くな。行くとしても、一人じゃ無謀だ」

「それじゃあ何か、エリザのことはどうだっていいっていうのか?」

「どうでもいいわけじゃない。もちろん大事だ。だが、俺の前では、お前の方が大事なんだよ。エリザは運が悪かっただけさ。たまたま捕まった気の毒な女だ。必要犠牲なんだよ」

「なんだと! エリザは俺にとって大切な存在なんだぞ」

「ミスター・バナグラス、必要犠牲なんてのはない。エリザも助けてあげましょうよ」

 シュートも、ハルトの肩を持ってくれたが、父さんはイライラして頭を掻きむしった。こんなにイライラしているのは、初めて見たかもしれない。

「はあ? シュートもハルトも、お前ら理想主義が過ぎるんだよ。それは警察の意見だろ。そりゃあ警察は市民を守り抜くのが仕事かもしれんが、俺は警察じゃねえ。バーテンダーで二児の父。ただのおじさんなんだよ。警察でもヒーローでもない」

 そう言ったあと、父さんはハルトに目線を移した。

「いいか、ハルト。とにかく行くな。行ったらお前は殺される。相手にするな。エリザのことは諦めるんだ」

「なんでだよ!」ハルトは怒りのあまり立ち上がり、カウンターに手をついた。「エリザをどうしても助けたいんだ! 俺は行くぞ、一人で! 父さんだって、母さんが捕らえられたら、一人で行くだろ! それと一緒だ! 愛する人を助けたいんだ」

「あのな、お前の場合はガールフレンドだろ! 俺の場合は妻。お前とはわけが違う! 俺とミリヤは何十年も前から一緒で人生の半分以上を共にしたし、何度も愛し合って、家庭を築いたんだよ。学校でつくったガールフレンドと一緒にしていっちょ前に愛を語ってんじゃねえぞ! 結婚舐めんなクソガキ、この間抜けめが!」

 父さんは最後に、酒のグラスを床にたたきつけた。コップの割れる音が響く。父さんは、下を向いていた。右目から垂れたしずくが、顎を伝って落ちているのが見えた。泣いている。気づけば、ハルトも泣いていた。いったい、何が正解だというのだろう。

 父さんは涙を拭きながら、頭を掻いた。今度は、イライラした掻きむしるような感じではなく、髪を流して撫でまわし、考えを改めるような掻き方に見える。

「ああ……。ハルト、ひどいこと言ってしまった。すまん。今まで一度も言ったことがなかったのに……。間抜けだなんて。取り乱したんだ、ごめんよ」

 確かに、父さんは褒めることはあっても、けなすことはない。危ない行為を注意したり、冗談で茶化すことはあるが、バカとか間抜けとか、悪口を言うことはない。ハルトは生まれて初めて、父親に悪口を言われたのだ。

 父さんは自分の頭を抱えながら、ハルトの方を向いた。でも、ハルトの胸あたりを見ている。はっきり目を合わせてはいない。泣き顔を、見せられないのだろう。まあ、はっきり見えてるけど。

「間抜けだなんて、本当は思ってないよ。君は最高の息子だ。俺に似ず背は高いし、ミリヤの血を引いてがっちりした体つきに育ったし、顔もかっこいい。性格も優しい。ただ、優しすぎるんだ。見ていて心配になるくらいにな」

 父さんは、カウンターに手をついて、でかいため息をついた。

「これは完全に親のエゴだが、俺が子どもをもって一番怖くなったことは何か分かるか?」

「な、なに……?」ハルトは、泣きながら聞いた。

「子どもに先に死なれることだ。それほど悲しいことはない。友達ですら先に死なれたら悲しいのに、我が子なんかが死んだ日には、発狂ものだぞ……」

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