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 とりあえず、バー・ムーンで話し合おうということになった。ムーンへ行く道中、ハルトはシュートやルーリーに話しかけたし、自らも自己紹介をした。そうして話しながら、頭の中を整理した。

 シュートとルーリーは警察の仲間で、同僚らしい。先の戦いの様子からもただならぬ絆を感じたので、

「二人は夫婦なの? それともカップル?」

 と聞いたら、シュートは「だだだ、で、違う!」と慌てて否定をしていた。ルーリーは、「私は落ち着いた男がタイプなのよ」と言った。

 そんな二人を見て、父さんはほくそ笑んでいた。

 それと、父さんがさっき言っていたが、この二人は父さんのバーの常連らしく、もう何度も顔を合わせていて、『ミスター・バナグラス』と呼ばれているみたいだ。自分の父親がそんなたいそうな呼ばれ方をしているのを聞くと、なんだかむずむずする。ただ、父さんは普通の人間のバーテンダーを装っていたから、まさかハザードだったとは、知らなかったみたいだ。


 やがて、ムーンの前まで付くと、父さんが先頭に出てきて、扉の鍵を開けた。手招きで、ハルトたちに合図をする。

「よし、今日は、変身できる奴らだけで、秘密の会議だ。看板は『closed』にしてあるが、君たちだけ特別に入れてあげよう」

「あ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 シュートが真っ先にそう言って、中へ入って行った。ハルトも、父さんの顔を見てにっこりしながら中へ入った。ハルトは未成年だから酒は飲まないし、わざわざ父親の店に通ったりもしないが、何度かここへ来たことがある。ハルトはカウンターの横にあるスイッチに手を伸ばし、バーの明かりをつけた。

 父さんは、扉の方で何やらルーリーと話していた。ルーリーは、バーの中へ入るかどうか、迷っているみたいだった。

「私、変身できないただの人間なんですけど、入ってもいいですか?」

「ああ、そうか。じゃあ撤回しよう。変身できる人と、可愛らしい子だけ、オッケーだ」

「ふふ、ありがとう」

 ルーリーがそう言って、バーの中へ入ってきた。

 父さんは返事をする代わりに、優しい笑顔でルーリーの目を見ながら、バーの扉を閉めた。何をニヤニヤしてやがる、このおっさん。ハルトは若干呆れながら、父さんへ話しかけた。

「父さん、今のことは母さんに言いつけるからな」


 父さんはハルトとシュート、ルーリーを丸テーブルの席へ座らせた。そして、それぞれに欲しい飲み物を聞いた。

 ハルトはオレンジジュースを頼み、シュートがトマトジュースを頼む。最後にルーリーが、ビールを頼んだ。

 そんなルーリーに、シュートは驚いたらしい。

「おい、これから大事な話をするんだぞ、そんなときアルコールを飲むやつがいるか」

「あのね、私の周りの三人は、何かよく分からないけど他の動物の能力をもっていて、変身できるのよ。たぶん、敵にもそんな奴らがいっぱいいる。そんな人たちに囲まれて、これからさらに訳の分からない話し合いが始まるのよ。酒を飲まずにやってられるの?」

 ルーリーはおおげさに、両手を振り回してジェスチャーした。

 やがて、父さんは飲み物を用意したグラスを持ってきて、それぞれに配った。最後に、ハルトの隣の空いている席に何か紫っぽいお酒を置き、そこへ座った。

 これで、ハルトたち四人が席に着いた。今から、話し合いスタートだ。ハルトは考えた。聞きたいこと、言いたいことが多すぎる。ジェイニーって何者? シュートたちはジェイニーに会ったことがあるのか? 連続自殺事件についてどこまで知ってるんだ? シュートはなぜ変身できるんだろう、元からハザードなのか?

「ジェイニーって何者? 会ったことある?」

 ハルトは、考えをまとめるよりも先に口を開いた。すると、シュートも同じような心境なのか、返事をした後に質問してきた。

「俺は会ったことある。 ていうかハルトとミスター・バナグラスはなぜ変身できる?」

「え? どこでジェイニーと会ったの?」とハルト。

「ちょ、ちょっと待って一旦待って」とルーリー。

「逆に聞くけどジェイニーに会わずしてどうして変身ができるんだ? 生まれつきもっている能力なのか?」とシュート。

「ちょっと順番に話しましょうよ」とルーリー。

「え、ええと、話すと長くなるけど、父さんは普通にハザードで、母さんは普通の人間なんだ」とハルト。

「え! じゃあ何、ハザードとのハーフ……」とシュートが言いかけたところで、ルーリーが立ち上がった。

「一回順番に話しましょって言ってるでしょ!」

「アッハイ」

 あまりの迫力に、シュートが縮こまった。ルーリーはゆっくりと座ると、ビールを三分の二ほど飲み干して、のどの下をトントンと叩いた。

 父さんも、わけもなく前髪を触りながら、

「そうだな、一旦、知ってる情報を出し合おう」

 と言った。

 ハルトも納得し、頷いたあとにしゃべり始めた。

「そうだね、じゃあまず俺から。俺の能力は……」

「や、ちょっと待て。シュートの話が先だ。シュートにまず話してもらうんだ」

 と父さん。

 ハルトは自分から話し始めるつもりだったので、出鼻をくじかれた感じがした。

「あ、うん、良いけど。でも、どうしてシュートの話から聞く必要が?」

「今までの話の断片を集めた感じ、シュートはジェイニーとかいうやつとコンタクトを取ったのは明らかだ。まず、そこでどんな話をして、彼女とどういう関係性なのか。敵対か、協力か? シュートがどういう立ち位置なのか、それを明確にするんだ」

「要するに、本人の前で言うのもなんだけど……その……疑ってるってこと?」

「まあそういうことだ。シュートの立場なら、ジェイニーにこのバーの場所を教え、ハルトと俺を襲わせることもできる」

「なんてことを言うんだ……!」

 せっかく仲間ができそうだと思って喜んでいたし、シュートにも失礼だ。ハルトは怒った。

「父さん! 父さんは疑り深すぎる。さっきの戦いを見ただろう。シュートはルーリーを守るために戦ってた。絶対に人間の味方だ。良い人なんだよ。ごめんよシュート、父さんはこういう人なんだ。すぐに他人を疑って警戒する」

 シュートは、「ああ」とだけ気まずそうに答えた。

 次に父さんが口を開く。

「いや、疑ってるとかじゃない」

「疑ってるだろ!」

「疑ってはないよ。信用もしてないんだ。俺はただ、最悪のケースを想定してるだけだ。シュートがどういう人柄かは、俺も多少は知ってる。バーの客だったから。でも、この際は、人柄とか日頃の関係とかは関係ない。

 いいか、ハルトはもっと、物事をケース分けして考えた方がいい。この先、俺たちがたどり着く未来は何パターンもある。一番良いのは、俺たちがシュートと協力して町の連続自殺事件を解決しジェイニーを倒すことだ。だが、その逆、俺もハルトも死に、町の人間たちが多数死ぬケースもある。

 チェスだって、いろんな駒の動きを考えるだろ。そのとき、相手の駒が自分に都合の良いように動くとは限らない。自分にとって嫌な手を差されることもある。嫌な手だった場合の対処を考えてるんだ」

 ハルトは気分が収まったわけではないが、急にチェスの話をされ、この前妹のアンヌにボロ負けしたことを思い出し、なんだか気分が下がってきた。ハルトは、ゆっくりと二回頷いた。

 父さんはハルトの目を見据えて、諭すように続けた。父さんは、ひとを諭すのが上手い。父さんがこのモードに入ったら、ハルトがどれだけ苛立っていたり怒っていても、なぜか話を聞いてしまう。父さんにはひとを説得する不思議なパワーがある。

「いいか、ハルト。理由はもう一つある。君自身も納得するだろう理由だ。仮に、俺たちのもっている情報に順位をつけるとしよう」

「順位?」

「そうだ。どの情報が一番重要か、それとも比較的重要でないかだ。正直、俺たちは大して重要な情報はもってない。俺たちが知ってるのは、最近バリータウンで連続自殺事件が起こっていることと、その事件にジェイニーとかいうハザードが絡んでるってことだけだ。ジェイニーの外見とかはよく知らない」

 実をいうと、ハルト自身は銀行での戦いのときにジェイニーの情報を聞き出したので多少は知っているが、とりあえず、何も言わずうんうんと頷いておいた。

「あとは、さっきシュートと戦ってたサイのハザードとオケラのハザードを見ただけだ。でも、シュートはどうやらジェイニーに会ったことがあるらしいし、ジェイニーの具体的な能力も分かってそうだ。警察という立場から、自殺事件の情報もたぶん集めてる。事件の核心に近いところにいるのは、俺らよりシュートの方だ。

 それに、ハルトはさっき、自分の生い立ちとか、自分の能力のことを話そうとしただろう? 確かに、これから戦う上でお互いの能力を把握することは大事だ。だが、それはあとでいい。まず、今この町がどういう状況で、それを知ったうえで俺たちがどうすべきか、だ」

 悔しいが、ハルトは納得した。

「あーハイハイハイハイ。そういうことね。最初から俺もそう思ってたよ」

 ハルトは左の鼻の穴を乱雑にほじって、鼻くそを飛ばした。

「おい、店を汚すな」

 と父さん。

「そういうわけで、俺はシュートの話から聞きたいんだけど、いいかな?」

 父さんがそういうと、シュートはゆっくり頷いて、語り始めた。語り始めたとき、テーブルの上にのっているシュートの右拳が、ぶるぶると震えていた。それは、間違いなく怒りの震えだった。

「ミスター・バナグラス、まず、俺がジェイニーと協力関係にあるか、それが一番心配なんですよね? だったら、安心してくださいよ。この中で、この俺が一番彼女を憎んでいますよ。絶対にね。確かに、この変身能力はジェイニーに貰った。でも、一番大事なものを奪われたんです……妹の、命を」


 シュートの話は続いた。

「まず、順を追って話しましょう。俺は見ての通り、普通の警察官で妹のマーシュと一緒に暮らしながら生活していました。でも、あるときマーシュは自殺した。海に浮いているのを発見されたんです。つい、一か月くらい前のことです。

 マーシュは明るくて俺とも仲が良かったし、自殺を選ぶような子じゃない。ただ、自殺の前になにかおかしなことを言うことが多くなりました。『怪人になってしまった』とか『私に触らないで』とか。

 マーシュの自殺には絶対に原因がある。俺はそう思って、手当たり次第に手がかりを探しました。すると運よく、相手の方からやってきた。ジェイニーと会うことに成功したんです。

 でも、そのとき俺は、ハザードっていう種族の存在も知らなかったし、ジェイニーがハザードだっていうのも知らなかった。目の前でジェイニーは蚊の能力をもつ姿に変身して、俺に血を流しこんで去っていきました」

「なるほど。ちなみに、ジェイニーの能力についてはどこまで分かってる? 例えば、刺されたやつは一〇〇%ハザードになれるのかな?」と父さん。

「いや、一〇〇%じゃないです。急激な肉体の変化に、耐えられない者もいるらしい。例えば、体の形そのものがおかしく変形して戻らなくなったり、そうでなくても、俺の妹の場合みたいに精神が分裂して自殺したり……。非情だ……奴らは外道だ……」

 そこまで話して、シュートは涙ぐんだ。ハルトも、彼の心境に思いをはせた。何の罪もない愛する妹が、事件の標的にされ、自殺に追い込まれた。奇しくも、ハルトにも妹がいる。もし、アンヌがそんな目にあったら……。なんという悲しさ、なんという怒りだろう。相手を、殺したいとすら思ってしまうかもしれない。この世界のすべてを、破壊したいとすら思ってしまうかも。

 涙ぐみ、肩を震わせるシュートの隣で、ルーリーがやさしく頭を撫で、肩を抱いてあげていた。

 父さんは、シュートの様子を観察するように聞いた。

「シュート、すまない。辛いだろう。俺も今まで大切な人を失ってきた。ちょっと、休憩するかい?」

「いえ、大丈夫です。まだ話すべきことがあるので」

「そうか」

 父さんはズボンのポケットからハンカチを取り出してシュートに差し出したあと、優しい口調で聞いた。

「ゆっくり答えてくれたので構わない。それで、ジェイニーに会ったのはそれが最後なのかな? もしくは、何らかのアクションがあった?」

「俺がジェイニーの血と肉体の変化に耐えきったことが分かると、ジェイニーの方から俺に会いに来ました。ちなみに、ジェイニーに刺されたのはここです」

 シュートはそう言って、右腕を見せた。袖をまくった腕には、目立つ赤黒い斑点がひとつついている。

「ジェイニーに刺された個所は、この斑点になって残るみたいです。妹の体にも、この斑点がついていた。

 俺はジェイニーの前で初めて変身して、彼女に襲い掛かりました。ジェイニーも変身して応戦してきたけれど、あと一歩のところまで追いつめた。けれど、奴には仲間がいた。もう一人、確かセイドとか呼ばれてたバラの能力をもつハザードが現れて、俺は捕えられました。そして、ボスのところへ連れて行かれた」

「クソ、やっぱり単独犯ではないのか。詰んでるんじゃねえの俺たち」

 父さんはそう言って一気に酒を飲みほし、げっぷをした。珍しく、荒れている。

「おかわりをつくってくる。話を続けてくれ。それで、ボスのところへ連れて行かれたって、どういう場所だったかとか、ボスの顔がどんなだったとか覚えてる?」

 父さんはそう言って空いたグラスを持ってカウンターへ行った。

 シュートの話は続く。

「グリーンコア・カンパニー本社へ連れて行かれました」

「え? え?」

 父さんは困惑してふらふらと歩きながら、酒を新しく入れたグラスを持って席に座った。ハルトには、何の事だかわからない。

「そのグリーンなんとかって何?」

 ハルトは父さんに聞いたが、

「ゲー」

 と言ってげっぷで返事をされただけだった。父さんは専ら、シュートとだけ会話しているみたいだった。

「ちょっと待ってくれシュート。気は確かか? グリーンコア・カンパニーって、あの複合金融機関の?」

「はい。グリーンコア・カンパニーに連れて行かれました。そしてそこの社長、ボス・ボルカニックと話をしました」

「ファ? どういうこと? ジェイニーにボス・ボルカニックが脅されてて、会社が乗っ取られてるとか?」

「いや、変身する姿は見てないんですが、たぶんボス自身もハザードで、ボスが奴らのボスですね。ジェイニーとかセイドもボスに従ってる。グリーンコア・カンパニーは社員もハザードで、表向きは金融機関、裏ではジェイニーの針でどんどんハザードを増やしていってるみたいです。会社としての形態は、ハザードたちを守るためのかくれみのです」

「はあ? ハゲそう」

 父さんはまた一気に酒を飲みほした。

 ハルトとしては、なんとなく話は分かるものの、少々追いついていけてない。

「ねえ、さっきからボスボス言ってるけど、とにかくそのボスってのが黒幕なんだね。ねえ、シュート」

 父さんに聞いてもげっぷするか酒をつくりにカウンターへ行きそうだったので、シュートへ聞いた。

「そういうことだね。ジェイニーもボスの指図で動いてる」

「ボスってのは名前とか見た目はどんな感じ? 能力は変身してないから分からないか」

「名前はボス。見た目は、短い金髪でスーツ着たおっさんの偉い人って感じ。背も高くて、少し細いけど体を鍛えてそうな感じがする。能力までは分からない」

「え? 名前は?」

「だからボス」

「敵のボスがボスって名前なの?」

「うん」

「なんだそれややこしい!」

 ハルトは頭を掻いた。

 父さんもハルトと似た動きで頭を掻いていたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、シュートへ話しかけた。

「それで、シュートはボスやジェイニーとグリーンコア・カンパニーにて対面したわけだが、そっからどういう流れで生きて帰ってこれたんだ?」

「そもそも、ボスは俺を勧誘するつもりだったんです。俺は、ジェイニーの針を刺しこまれ、その血に適合して変身能力を得た。そんな俺を、いわばスカウトしようとした感じです」

「なるほどね。で、シュートのことだからたぶん断ったよな?」

「はい。奴らは妹や他の罪のない人々を犠牲にしている。そんな奴らに協力するつもりは絶対ない」

「絶対ないとしても、よくそんな敵に囲まれてる状況で意思表示できたな。なんで殺されずに出てこれたんだ?」

「ボスは意外と、ゆっくり判断を下すつもりみたいです。そのときは、話し合うだけにしようと言われました。まあ、具体的にはいろいろあったんですけど、とにかく体を傷つけられるようなことはなかった。

 ボスには、『ゆっくり考えてみて、俺たちの仲間になってくれ』という風なことを言われました。俺にしばらく考える時間を与えたみたいです。俺の意見は、絶対変わらないけれど」

「ふむ。シュートが重要な戦力となってくれるか、それとも敵となるか、見定めているんだな。あっちはジェイニーやセイドの他にも仲間がいるだろうし、戦力的にも余裕があるかもな」

 ハルトはシュートと父さんの会話を聞いていて、不思議な気分になった。ボス・ボルカニックという男の人物像を思い浮かべてみた。ボスが人間を支配しようとする限り、必ずハルトとボスは衝突することになるだろう。

 いつかは対面し、対決することになる存在。ハルトにとって、ボスは絶対的な悪に思える。しかし、シュートへ話し合いの姿勢を見せるということは、すぐさま暴力に訴えるような、乱暴な男ではないらしい。

 もしかしたら、漫画に現れるような完全な悪的存在ではなく、例えば仲間との友情をもっていたり、情けや優しさを有していたら、どうだろう。ハルトは、彼と戦うことができるのだろうか。

 ハルトの精神の中に、戸惑いが生じ始めていた。

 シュートが話を続けた。

「でも、俺の命を見逃したのは、ボスの意思であって、ボスの部下たち全員が納得していたわけじゃなかったんです。そして、おそらくなんですけど、俺を危険と判断して、ボスに連絡や相談をせず勝手に俺を殺そうとしたのが、ロデスとザイラスです。今日戦っていた、オケラのハザードとサイのハザードです。その戦いの中で、ミスター・バナグラスとハルトに助けられた」

「だいたい分かったぞ。これで、今日までのシュートの経験はざっとおさらいできたね。話してくれてありがとう」

 と父さん。

 シュートの隣のルーリーは、グラスを揺らして氷のぶつかる音を立てながら、静かに頷いた。

「私も、話を聞けて良かったわ。シュート君、何も言ってくれないんだもん。本当に心配してたのよ」

「悪かったよ。でも、いきなり変身能力を手に入れたとか、怪人と戦ってるとか言っても、信じないだろうし、俺の気がおかしくなったと思うだろ」

「確かにね。というか、あなた、自分の気がおかしくないとでも思ってるの?」

「なんだと!」

「ふふ、ちょっとからかただけよ。

 未だに、変身して戦う人間がいるだなんて、信じがたいわ。けれど、信じるしかない。だって、シュート君が変身するところを見たし、敵の姿も見た。この場にも、変身できる人が三人もいるもの。確か『ハザード』だっけ?」

「そうだよ。俺たちは、変身生命体ハザードだ」

 ハルトはそう言った。

「最後に一つ聞きたいんだけど、グリーンコア・カンパニー側の者で、外見的特徴とか、ハザード態の能力とか、分かってる範囲で教えてくれないか」

 これを聞いたのは、父さんだ。

「ハザード態?」

「あ、いきなり分からない言葉を使ってすまんな。俺たちハザードは、人間の姿と怪人の姿、二つの姿をもっている。人間の姿を『人間態』、変身したあとの本来のパワーを引き出せる状態を『ハザード態』って言うんだ」

「そういうことですか。覚えておきます。まず、ボス・ボルカニックについてはさっき言った通りで、外見とかはテレビのCMとかでも見たことあるかもしれないけれど、あの通りですね。変身したのは見てないから、ハザード態は分かりません。それと、ジェイニーは蚊の能力を持っているハザードで、羽が生えていて空を飛べるのと、腕から生えた針で人間を刺して、変身能力を与えることができます」

「人間を滅ぼしたい者にとっては、願ってもない能力だな。でも、変身能力を与えられたとして、そいつがジェイニーの言うことを聞くかどうかは、本人次第なんだよな? 刺したやつを洗脳したり、命令通り動かしたりする能力は確認されてないんだよな?」

「そうですね、実際俺はジェイニーの意思に反して自由に動いていますし」

「刺したやつが味方になるとは限らないから、強力だけどピーキーな能力だな。シュートみたいに言うこと聞かないやつもいるだろうから、敵を増やしかねない」

「ふん、俺に変身能力を与えたことが最大の誤算だったと、奴らに言わせてやりますよ」

 シュートはほくそ笑んだとき、ハルトは彼をかっこいいと思った。

「何今のセリフ。かっけえ! 俺も言ってみたい」

 父さんはそう言うハルトを無視して、質問を続けた。

「あとはセイド。セイドは俺と同い年くらいに見える青年で、バラの能力を使えます。腕からツタが出て、ムチみたいに使ったり、相手を拘束したりできます。俺はそのツタでぐるぐる巻きにされて、叩きつけられて気絶させられました。

 あと一人分かってるのが、ナインっていう小柄な男です。戦闘能力はジェイニーより高いかなと。ボスの側近的な存在でした。なんか、俺がボスと話し合っているとき、危険だからと言って俺を殺そうとして、勝手に俺に襲いかかってきたハザードが三人いたんです。そいつらを、ボスの命令を受けてナインが一瞬で成敗してました。

 たぶん、サルの能力をもっているハザードです。どういう原理か分からないんですが、ナインが腕の毛を抜くと、その毛が巨大化変形して、ロッド状の武器になったんです。それを使って戦います」

「なんだって。武器生成能力をもってるのか!」

 父さんが驚きの声を発した。

 ハルトにも、その驚きが伝わる。自分の体毛を抜き、それを武器に変える能力。ハザードの中でも限られた、上級のハザードしか使えない、武器を生成する能力だ。ハルトが、スラッシュナイフを生成して戦うように。

「父さん、つまり、敵の中にも俺と同じ、上級ハザードがいるんだね?」

「そういうことだ。うわー、きついなあ」

「『上級ハザード』? それって何のことですか? ハザードの中でも格上的な?」

 ルーリーが首をかしげた。

「だいたい、そういう意味だよ。今度は、俺たちが話す番。いいでしょ? 父さん」

 ハルトは、隣にいる父さんに聞いた。

「そうだな、ハザードについて、いろいろ説明しておこう」父さんが、話し始める。「まず、この世には、『ハザード』っていう変身生命体がいる。それは、今までの経験で分かっただろう。

 君たち人間からしたら、なんでそんな生物がいるのか不思議に思うだろうが、それは俺たち自身も知らない。なんで人間が誕生したのか、という問いと同じようなもんだ。進化の中で誕生したのか、ゴッドがつくりたもうたのか、そのレベルの話になる。だから、今回は置いておこう。そして、俺たちのもつ能力について話そう。

 俺たちハザードは、人間に似た姿と、変身後のハザード態をもっている。ハザード態では、いろいろな動植物の能力を使うことができるんだ。何の動植物の能力を扱えるかは、個体によって違う」

「俺の場合は、クモの能力。スパイダータイプのハザードさ」

 ハルトは、父さんに続けてそう言った。

 父さんはハルトを横目で見て頷いたあと、話をつづけた。

「ハザードは変身能力以外でも、みんな共通してもってる能力があって、俺はこれを『サーチパワー』って呼んでる。まあ能力としてはその名のとおりなんだけど、俺たちハザードは、変身すると特殊な脳波を出す。その脳波を、ハザードはキャッチできるんだ。そして、大体の距離や方向を把握できる。どのくらい遠くまで察知できるかは、だいぶ個体差がある。半径数百メートルってやつから、一キロよりもっと先のやつを察知できる者もいる」

 父さんの話のあとに、シュートが続いた。

「あ、俺にもサーチパワーが備わっています。それで、ジェイニーの居場所が分かって追いかけたことがある」

「そうだろう。で、『上級ハザード』っていうのは、ハザードの中でも強力な力をもつ者たちのこと。身体能力でも他のハザードを凌ぐ強さをもってるんだけど、一番の特徴は、武器を生成する能力。

 手から流れ出るトランジウム粒子を操ることで、物質を分解・再構築して、自らの髪や羽などを武器に変えられるんだ」

「こんな感じでね!」

 ハルトは出番を見計らって、自分の髪の毛を抜いた。そして、頭の中で鋭いナイフをイメージし、あたかも、その髪の毛が鋭い刃をもっているかのように思い込んだ。武器を生成するときは、いつもこんな風に気持ちをコントロールしている。

 やがて、髪の毛は短剣状の武器スラッシュナイフへと変形した。

「おお!」とシュート。

「魔法のような能力ね」と目を丸くしてルーリー。

 ハルトは二人の驚く様子を見て喜んだ。そして、そのパワーを見せつけようと、ナイフを持った腕を振って、壁に向かって投げた。

「おいよせ!」

 と父さんが言ったときには、もう遅かった。ナイフはぐさりと、バーの壁へ刺さった。しかも、バーの壁に飾ってある、父さんと母さんの若いころの写真にぶっさりとやってしまったのだ。ほほ笑んでいる父さんと母さんのちょうど間に、ナイフが深々と刺さっている。

「あ、ごめん」

 ハルトはそう言ったが、父さんは許すとも許さないとも言わない。

「あー、もう! これじゃあミリヤと俺が離婚したみたいじゃねえか!」

「ハハハハ!」

 父さんの一言に、シュートが大笑いする。さすがに不謹慎すぎるが、どうやらこらえきれなかったらしい。抑え込もうとしたけど、思わず笑ってしまって止まらない、そういう笑い方だ。

 そんなシュートを見て、父さんは許してくれたのか、一緒に笑い始めた。

「ハハハハ……って笑ってる場合か!」

「すみません!」

 突っ込む父さんに謝るシュート。やっぱり、父さんは許してくれてなかった。父さんは、ハルトの方を向いた。

「ハルト、君は自分の能力を見せびらかす癖があるな」

「……」

 事実だから、何とも言えない。

 ルーリーがしょうもないことで揉めている男三人を一通り順番に見て、本題に話を戻してくれた。

「そういえば、ハルト君がハザードなのは、やっぱり父であるミスター・バナグラスの遺伝なの?」

 ハルトは答えた。

「たぶん、そうだと思う。妹のアンヌは、特にこれと言って、人間と変わったところはないんだ。身体能力は高いけど、まあ他の女の子よりパワフルってだけかな」

「妹さんは、人間に近い体なのね。そういえば、ハルト君はハーフって言ってたわね」

 今度は、父さんが答えた。

「そう。つまり、俺がただの人間の女であるミリヤとセッ……」

「待ってそんなことは言わなくて良いです」

 ルーリーが慌てて止めた。助かった……。ハルトも、両親のそんな話をいきなり聞かされたくない。

 ルーリーがまた、質問した。

「ミスター・バナグラスやハルト君は、グリーンコア・カンパニーやボスのことについて何か知っていることはありますか?」

「いいや、俺はそもそも、今日君たちを助けたのがこの事件との初めての関りだ。だから、シュートが言ってくれたこともほとんど初耳だったし、それ以上のことはもちろん知らない」

 と父さん。

「俺も、以前その辺で暴れてたカンパニーの下っ端を懲らしめたくらいで、そんなに有力な情報はもってないかな。下っ端を殴ってジェイニーの情報を聞き出したけど、それでもシュートの方がよく知ってたし」

 ハルトも、父さんに続いて答えた。

「殴って情報を吐かせたの?」

 とルーリー。

「うん」

「さすがは俺の息子。相手をいたぶって情報を吐かせるのは基本」

 父さんはなぜかハルトの行動に感心している。父さんは続けた。

「じゃあ、今日はこれでお開きってのもなんだから、酒でも飲んでみんなの恋バナでも聞くか? な」

「や、それより前に、俺たちが何に変身できるか、見せ合おうぜ!」

「君はすぐに、能力を見せたがる。いいか、敵の前では、能力を見せきる前に倒すのが理想だぞ」

「そりゃあ、そうかもしれない。でもシュートは味方だろ? それに、味方同士、何ができて何ができないかを知っておくのは、この先の戦いで重要だろ」

「君、喋り方が俺に似てきたな」

 父さんはニヤッとしてそう言った。とにかく、ハルトの意見に賛成してくれているみたいだ。

 ハルトは椅子から立ち上がって、左拳を右拳で包み、ぽきぽきと鳴らした。

「よし、じゃあまずは俺から。ハルト、変身!」

 ハルトの体は内からパワーに湧き上がり、背は高く肩幅は広がり、衣類は体表の皮膚と同化して、頑丈な青い肌になった。

「さっきも言ったけど、俺はクモの能力をもつ上級ハザード。体毛を抜いてそれをナイフに変化させられる能力がある。あとはね、こういうのもあるよ。ハッ!」

 ハルトはそう言って、空中を宙返りしながら上へ飛び、両手両足で天井に張り付いた。

「天井や壁に張り付いて、そのまま移動できるのさ!」

 天井を四つん這いで移動し、そのまま壁を伝って降りていく。

「すごい……」

 ルーリーが息をのんだ。その様を見て、ハルトはまた調子にのった。

「おんぶして壁を登ってあげるよ!」

「今はそんなことしなくていいだろ。シュートの能力も見せてくれ」

 父さんがさえぎって、そう言った。

「ちぇ」

 床に降りたハルトは、変身を解きながらテーブルへ戻った。

 シュートは椅子から立ち上がったものの、少し戸惑うように、目を動かしている。

「俺の能力は……、説明したいけど、まだ自分でも何ができて何ができないか、分からないんだ。ジェイニーに針を刺されて、与えられた能力だから。だから、とりあえず変身してみるよ。

 ジェイニーは俺のハザード態を見て、『バタフライタイプ』って言ってたから、その通りだとしたらチョウの能力を持ってると思う。

 じゃあ、シュート、変身!」

 シュートの服が体表の皮膚と同化し、たくましい胸や腹筋があらわになっていった。目は黒一色になり、鼻はだんだん平坦になって、頭からは二〇センチほどの触角が伸びてきた。何より特徴的なのは、背中からメリメリと音を立てて生えてきた、巨大な翼だ。グリーンに、美しく光っている。

 ハルトはシュートの巨大は羽を見て興奮した。

「すげえ! 羽だよ父さん!」

「見りゃ分かるよ」父さんは微笑んだ。「ハルトも俺も空を飛ぶ能力をもっていないから、シュートの存在はかなり有り難いな」

「シュート、空を飛べるの?」

「ああ、飛んだことはある。けれど、変身した回数が少ないから、まだ飛ぶのは苦手かもしれない。自由自在に空中を移動できるってわけじゃない」

 隣で父さんが頷いた。

「なるほどな。実際、羽の生えた昆虫の中でも、飛行能力には違いがあるからな。羽はあるけどそもそも飛行をあまり行わないものや、前に向かってしか飛べない種族もいるからね。チョウだったら、上昇と前進とかなら少なくともできそうだけどね」

「今飛んでみてよ!」

 ハルトが言った。

「ああ、ちょっと待ってね。背中に意識を集中させてみる」

 シュートがそう言うと、彼の巨大な羽がゆっくりと動き始めた。やがてその動きは大きくなり、風をびゅうびゅうと巻き起こし、シュートの体が少しずつ上昇し始めた。

 ハルトや父さんの顔にも風が吹き付け、前髪が吹き上げられ、頬がぶるぶると揺れた。

 ハルトはますます興奮した。

「すげえ! もっとやれ!」

「よっしゃあ」

 シュートも答えてくれた。羽の動きはますます激しくなり、シュートは空中でフットワークを踏むかのように左右に動きながら飛んだ。

「ちょ、待て、それ以上は……!」

 父さんがそう言ったときには、もう遅かった。爆風でテーブルが吹き飛び、コップは割れ、酒が床にこぼれた。

 割れるコップの音がしたあと、シュートは着地して、すぐさま変身を解いた。

「あ、ごめんなさい」

「まあいい。みんな、怪我はないかい?」

 父さんはそう聞いた。ハルトが「ないよ」と言うと、シュートもルーリーも、順番に怪我はないと答えた。コップはだいぶ向こうに飛ばされ、店の端で割れたので、破片がハルトらに当たるようなことはなかった。

「すみません、俺が片付けます」

 シュートが申し訳なさそうに言ったが、父さんは手のひらを前に出した。

「いや、今はいい。あとで俺が片付けるさ。今度からは外で飛ぶんだぞ。酒のグラスが置いてないところでな」

「ハハハハ!」

「ハハハ……って笑ってる場合じゃねえぞ!」

「すみません!」

「ああ、俺も羽が生えたハザードになりたかったなあ」

 脈絡もなく、ハルトはそう言った。

「君は十分強力なパワーをもってるんだから甘えんな」

「コメントが辛辣すぎる」

「まあいい。最後に俺の能力を見せて終わりにしよう。と言っても、大した能力じゃないけど」

 父さんが立ち上がった。ハルトからしてみれば、すでに知っている能力だ。

「ソラト、変身」

 父さんの背が伸び、下半身や両腕、胸などのほとんどが白い毛におおわれた。耳は頭の上から垂れ下がり、巨大なあまり肩まで垂れ下がっている。丸い尻尾が、お尻の上あたりから出現した。

「俺はラビットタイプのハザード。脚力に優れてる。それ以外言うことは特にねえな。あ、あと耳がすごくいいよ。サーチパワーの届かない範囲でも、音だけ聞きとっていろんな状況を把握できる。変身せずとも、遠くにいる人の会話が簡単に聞き取れる。それに、ある程度の範囲なら、心臓の音も聞き取れるから、ハザードと人間の存在も見分けられるよ。ハザードの胸にある『コア』と人間の心臓の鼓動は、微妙に異なるからな」

 と言うと、父さんは急に

「分かった」

 と言って変身を解き、カウンターへ向かった。

「どうしたの?」

 とハルトが聞くと、父さんはグラスを運びながら教えてくれた。

「ルーリーが、小声で注文したんだ」

「そう。実際に聞こえるかなと思って、小声でささやいたの。『カルーアミルクをください』ってね。試すような真似してごめんなさいね、ミスター・バナグラス」

「いや、構わないよ。なんなら、いつも小声で話しかけてくれてもいいんだ。俺にだけ聞こえるように、秘密の言葉でもね」

「いい年こいてチャラすぎる」

 ハルトは頬づえをつこうと思ったが、先ほどのシュートの羽ばたきでテーブルが吹っ飛んでいたので、肘が空をついて倒れそうになった。

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