配架アルバイト
倉庫の中。
明るい。空調はなく、ただ溜まっていく自らの温度で。
境目がなくなる。肌の先、体温が平板に散って、向かいの壁に触れる。
壁の中の配管を這い回る異音。ラップ音。それはこのビルの息遣い。
中と外は断絶されても息遣いが響いてくる。見えぬ異世界に耳を澄ませば。
エレベーターホールで無限に鍵盤を弾く孤独のピアニストがいる。たまに弦楽器、ホルン、吹奏楽。私たちは壁を隔ててお互いを確かめる。
溶けゆくここは夢であり、羊膜であり、故郷であり、子宮であり、そして死後の世界であるのだ。
ブロック積みの封をされたパンフレットたちが包みを私の手で破かれるのをまっている。
手に取られ、このショッピングモールの案内人として半日の寿命を得る。生きる。
子供にか。
おばあちゃんにか。
外国の人も近頃多い。
この迷路の回遊魚。
どこへ。
それで、捨てられる。忘れられる。役目を終えて死んでいく。役目を果たせず死んでいく。
刷られ。刷られ。マスプロダクション。
散って。散って。マスレボケーション。
イザナギのようにあれかしと、ヤハウェの産業。
生温く。音の響く。私の延長線。体温の滞留する四角。奴隷船のようなデンシティ。スチールの狭小。
扉の外にはエレベーターホール。ピキャーンとお客様を連れてくる合図が鳴る。駐車場の機械が鳴く。
「このカードは使えません」
(パンフレット、何の意味あるかな。)
破れかけ、赤ペンだらけのパンフレット握って、ガチャリ。
キーっとバタン。
ぱらぱらここここ。
かくかくしかじか。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
ピキャーン。
「上に参ります」
キーっとバタン。
今日も最高のピアニスト。セトリは変わらない。で、それ、子守唄のようで心地いい。
生演奏を聴く、扉にもたれて。
生演奏を聴く、倉庫の中で。