イベントへの決意
遅くなりました。新章、イベント編開幕です。
初回の今話は言わばプロローグでしかも重要なのは後半1/3くらいなのですが、どういうわけか4000字まで膨らんでしまいました。何故......。
さて、念の為に各キャラクターのリアルネームとゲームでの名前を一致させておきます。
ルーティ:瓊花
アルジーン:茜
ニィナ:藍那(藍奈から変更)
です。
また、今話を書くにあたって第二回イベントの「詳細」が第22部分で明らかになっていたのを「概要」に変更しました。
昼過ぎのリビング。外から入ってくる蝉の声とエアコンの駆動ノイズ、それからスタイラスを走らせる音だけが響く、落ち着いた空間。
勉強するにはなかなかに良い環境だった──ただ一点を除いて。
「あつい」
正面から聞こえてきたつぶやきにタブレットから視線を上げると、数学をやっていたはずの藍那が溶けたアイスのようにぐでっとテーブルに伏していた。私はこちらに転がってきた彼女のスタイラスを拾い上げてその顔の隣にそっと置く。
「もう六月も半ばだからね。今日も猛暑日だし」
「⋯⋯瓊花はなんで元気なの」
「私? 私はまあ部活で慣れてるからかな。それにほら」
彼女が下敷きにしているタブレットをタップして今の時刻を表示させる。
「一時半。あと三十分でT2Oの公式放送が始まるんだよ。元気も出てくるってものじゃない?」
その時を想像して自然と声が弾んだ。
実を言うとこれが今日の一番の楽しみで、私は朝からずっとソワソワしていた。それはもう、午前の部活で「なんか今日落ち着きなくない?」なんて他のメンバーに言われてしまったくらい。さすがに恥ずかしかったけど、でもバトロワとしか知らされていない第二回イベントの詳細とか、夏の大型アップデート第一弾の内容とか、そんなの気にしない方が難しい。
あの時若干疑惑の目をしていたコーチに向かって、私は心の中で「シュートは入ってましたし、プレイもいつも通りでしたから!」と釈明した。
もちろん、次からはもう少し気をつけようと思うけど。
放送が始まる十分くらい前に予定通り茜が来たあと、私たちはウォールスクリーンをT2Oの公式サイトに接続してソファに座った。ローテーブルには昨日買っておいたそれぞれの好きなアイスクリームも用意しておく。
「藍那もストロベリー食べる?」
「うん。こっちチョコ」
「ありがと! じゃあもらうね」
そんな感じで待っていると、二時ちょうどになったところでスクリーンに映っていた映像が切り替わった。
流れていたT2Oの公式ムービーが消えて、代わりに黄金の小ハープが画面いっぱいに映り込む。かろうじて、誰かハープを持った人がカメラのすごく近くに立っているということだけが分かるくらい、ものすごく視界がズームアップされていた。
「またミスしてるよ」
そんなミスをする人物を、私たちはこれまでの公式放送でよく知っている。
「あの音楽神ってどうして司会を続けられてるんだろう?」
「さあ?」
「確かに、クビになっても良さそうなくらい毎回ミスを連発してるね」
「っていうか神々って管理AIのことなんだから、音楽神も管理AIの一人なんだよね」
「そのはず」
「じゃあさ、あれでプレイヤーの設定を担当したってこと?」
「大事故」
ハープしか見えていない画面の前で好き放題に言っていると、スピーカーから小さな話し声が漏れ聞こえてきた。
『ふむ、ヒュムノスよ。どうやらお前のハープしか映っていないようである』
『えっホントに? 教えてくれてありがとう、ダーレス』
今のヒュムノスと呼ばれた方が、プレイヤーからは「問題児」とまで言われてしまっている音楽神。初回以来ずっと公式放送の司会をやっているのに、まだカメラさえ十分に扱えていないらしい。
それで、もう一人の声が低い男神の方は茜が知っていた。
「あ、武神だ」
「武神?」
「そうそう、武神。舞踏会じゃなくて武器の武ね!」
「ダーレスって呼ばれてた方だよね。知り合いなの?」
「う、うーん……知り合いって言っていいのか分からないけど、私の設定を担当してくれたAIがあの人なんだよ。ゲーム内で武神として崇められてるって知ったのは最近だけどね」
「へえ」
──武神が担当って、そう聞くだけで強そうだし特殊な武器なんかもありそうなんだけど。
私を担当してくれたアレティアさんは……そういえば私、アレティアさんが何の神なのかはっきりとは聞いたことがない気がする。図書館に像が置かれていたし知識とか書物を司る神だと勝手に補完していたかもしれない。今度ログインした時に司書さんに確認してみよう。
そんな思考がひと段落したところで注意をスクリーンに戻すと、まだハープしか見えていない画面から音楽神と武神の会話の続きが聞こえてきた。
『ふう、助かったよ。また間違えるところだった。ありがとう。でも君は今日のサプライズゲストなんだから、始まったら息を潜めていてね』
『いや、ヒュムノスよ。それはもう遅いのではと思うのだが⋯⋯』
『いいから! 静かにしてること!』
『う、うむ。分かった』
勢いに押された武神のたじろぐような反応が聞こえた。
そして変わらず元気な声が続ける。
『みんなもね! ボクの──ヒュムノスの名の下にお願いするよ。しばらくシーっとしてるのと、あとはカメラに映らないように気をつけること。ボクたちがこんなに集まるなんて珍しいし、たまには旅人たちを驚かせてあげよう!』
最後の方はもう叫ぶくらいの音量になっていて一文字も聴き逃しようがなく、神々──管理AIたちが大集結しているということがよく伝わってしまった。スクリーン画面の横を流れるコメント欄には『相変わらず機械音痴』とか『ドジノス』『ウッカリノス』なんて言葉が溢れている。彼も一回目とか二回目の放送の時はプレイヤーたちから心配されていたけど、今ではすっかりいじられキャラが定着していた。
もちろん本人は何にも気づいていない。
立ち位置を調整して、彼はカメラに向かって手を振った。
『やあ旅人のみんな、久しぶり! そっちは暑いらしいけど元気にやってるかな? もうお馴染みの音楽神たるヒュムノスだよ!』
最初に映っていたハープ以外も全部、頭に乗せた月桂樹の冠から足元に垂れる純白の布の裾まで、ギリシャ神話風の全身を今度こそはきちんと映したヒュムノス神がハープを奏でながら言った。
『今回は、第二回イベントとか夏のアップデートとか情報が盛りだくさん! 進行はいつも通りボクが担当するよ! それじゃあまずは──』
そうして機械音痴な少年神によるT2O公式ライブが始まった。
プレイヤーの反応を確認しようとしてコメント欄を見た彼が絶叫するのは、もうほんの少しだけ後の話。
スピーカーからの音が消えて、リビングには元通りのエアコンと蝉の声が戻ってくる。
ソファから立ち上がった茜が「んー」と声を出しながら大きく体を伸ばし、私も同じようにしてずっと座っていたせいで固まった体をほぐした。
結局、公式放送は予定時間を三十分延長して終わった。それはまあ、私たちプレイヤーを驚かせられなかったヒュムノス神がしばらく拗ねていたり、元気を取り戻してからも色んなところで間違えたりつっかえたりしていたからなんだけど、それにしても二時間半は長かった。
「急いで片付けよう」
「ん」
「おっけー」
スプーンとかコップは茜に任せて、私と藍那でリビングを元に戻す。
ウォールスクリーンの電源を落としてテーブルを片付けていると、洗い物をしていた茜がキッチンから話しかけてきた。
「それにしても情報がいっぱいだったね!」
「うん」
「私も予想以上だった。正直、あとで何回も公式サイトを見ることになりそう」
「だよね! 私は特にクラン関連がそんな感じかなー。イベント後に実装って言ってたし、それまでにメンバーと色々話さないとだから」
「そういえば茜はそれがあったね」
私の場合はもしクランに入ることがあったとしても作る側じゃなくて参加する側になるから、そっちにはあまり注意を払っていなかった。
私が気にしていたのは夏のアップデートと──あとはイベント。
「⋯⋯二週間後、ね」
ステータス補正を入れての、一陣二陣を一緒くたにした拡張バトルロワイヤル。各プレイヤーは他のプレイヤーを撃破する度にポイントを獲得できるし、フィールド上のモンスターを倒してもポイントを手に入れることができる。24倍加速の三日間──つまり現実だと三時間──で、2デスまでセーフ、ただしステータス低下あり。パーティはなしの完全な個人戦。
他にもイベントワールド内の特殊エリアとか獲得ポイントの規定とか細かい話はあったけど、一番はそこじゃない。
『全体の百位以内、そして二陣の百位以内に至った者には、我らから褒賞と称号を授ける』
武神の言葉を頭の中で反芻する。
もちろん私は自分が強力なプレイヤーだなんて思ってないし、同じ二陣でもログイン以来ずっとレベル上げをしてきた人たちと比べれば低ステータスなのは間違いない。ちょっと前までメインジョブは空欄だったし、称号ばかりでスキルはあんまり手に入れられてなかったし、色んな面で遅れをとっているのはそう。
「でも、だから何っていう話だよね」
──不利なところを覆す楽しさなら、私は部活とゲームで十分に知っているから。
茜の洗い物の音、藍那の「暑い」という呟き、それからエアコンと蝉の声。それらの中で、私はひっそりと、でも確かに右手を握りしめた。
そうして、自分の心に刻みつける。
「目標、百位以内」
今話は自分でも納得のいっていない部分があるので、後ほど微調整を加えるかもしれません。
2023/12/31
1週間ほど前から体調を崩してほぼ寝たきり状態のため、今しばらく更新できません。
申し訳ないです。




