旅支度
10/22
サブタイトルを変更しようとして違うところを変更してしまったかもしれません。
一応確認はしましたが異常ありましたら申し訳ないです。
うっすら紙の香りを感じて私はゆっくりと目を開けた。
「うわっ、これはすごい。本だらけ」
巨大な図書館に私はいた。ぐるっと辺りを見ると高い天井に届きそうなくらい大きな本棚がぎっしり並んでいる。天井はガラス張りでそこから入ってくる光がチラチラと煌めいている。VRでしか見られない素晴らしい光景だった。現実でやったら本が傷んでしまうに違いない。
前方の丸く開けた空間に木の円テーブルが置いてあり、キラキラと光の舞う中に女の人が立っていた。ティーポットを傾けていた彼女がこちらに気づいて手招きする。
「ようこそ、こちらの世界へ。我らが旅人さんのお名前を伺っても?」
視界の端に「プレイヤーネームを設定します」と現れる。
「ルーティです」
「ルーティさんですね。お掛けになってください」
ティーカップから白い湯気が淡く立ち上っている。口をつけると柔らかな甘みが染み渡った。
「私は管理AIの一人、アレティアと申します」と彼女は言った。
「ここは旅人の方々が行きたいと思う場所を再現した空間なんですが、これほど本で埋め尽くされたのは初めてです。しかもよく見るとどれも古書みたいですね。その上一部は古い漢籍と」
ほう、と彼女は息を吐いた。この光景はAIにとっても壮観らしい。確かに最近は全てデジタルだから、こんなにたくさんの本を見ることはないかもしれない。
「それでは、ルーティさんの旅仕度を始めましょうか」
ポンッと軽快な音が鳴って設定パネルが手元に現れた。明るいハチミツ色の画面にプレイヤーの設定欄が表示されている。
設定項目は種族、メイン・サブ職業、シェープポイント――他のゲームのステータスポイントにあたる――の割り振りなどいくつかあって、それぞれにかなりの数の選択肢がある。種族だけで二ページあるのだから全ての組み合わせを考えたら途方もないだろう。しかもここにあるのは開始時に選択できるものだけなのだ。恐るべし。
どうやら私の画面は彼女にも見えるらしく、私が画面の指示に従って色々書いている間「うんうん」と頷いていたり「えっ」と驚いていたりとリアクションが豊富で面白い。一度だけあまりに反応が強すぎて違う設定にしようかどうか真剣に悩んでしまったけれども。
後半になると彼女はゲーム開発時の小噺なんかも話してくれた。私は設定作業を続けながらその話に耳を傾ける。例えば、管理AIは開発陣の一人一人がそれぞれ作っていて、趣味全開なのもあるのだそうだ。彼女の創造主はイギリスの人らしい。
「いつか個性的な方に会ってみたいです......はい、出来ました」
「かしこまりました。では確認いたします」
入力し忘れやシステム自体のエラーを彼女はチェックする。
もちろん私に入力し忘れは無かった。「設定しない」と「未入力」は違うのだから。
「おお、これはまた大胆な決断をされましたね。まさしくオリジナリティかと思いますよ」
普通ではないというのは自覚していた。
紅茶を飲むふりをして私は空のティーカップで顔を隠す。
「あはは......目指しているものがあるんですけど情報が全然ないので、余計なスキルを入れてルート外に出ることは防ぎたいんですよ」
「へえ、目標があるなんて素晴らしいじゃないですか。情報収集なら街の図書館でできますから、頑張って達成してくださいね」
なんと街に図書館があるらしい。そこに行けば私が欲しい情報も手に入るかもしれないと。
私がお礼を言うと、彼女はニコリと笑って「さて」と言った。
「そろそろですね。この素晴らしい世界をぜひ堪能してください。貴女の旅路に大いなる祝福があらんことを」
私の体が光に包まれてその眩しさに思わず目を閉じる。
数秒の後、そよ風にふわりと頬を撫でられて私は目を開けた。
人々が行き交う広場の様子、たくさんの話し声と噴水を落ちる水の音、露天で売られている肉の香り。それらが全身を覆い尽くして私の奥を貫いた。
次話は7月29日の朝7時に投稿予定です。
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