Episode. 真相と、よい天気
今話は三人称視点になります。
ダンジョン攻略後のアルジーンとリアーナの話です。
ドロップ品を三人で分けてダンジョンを出たあと、ルーティのログアウトを見送ったアルジーンはリアーナと共に第二の街に向かって歩いていた。耐久値の回復した大剣で飛びかかってくるオオカミを一刀両断にしながら。
「修復ありがとね」
「別にいいですよ。あれはそもそもあなたが持っていた簡易修復キットですし。それよりも必ずどこかで誤解を解いておいてくださいね。本当はボタン一つで終わる作業なんですから」
「それはもちろん!」
少し冷ややかな視線を向けられて、アルジーンは「絶対に解くから!」と慌てて約束した。嘘をつくようなことはしたくない、と渋っていたリアーナを何とか説得して演技してもらった以上、それを怠るわけにいかなかった。
誤解を解く、と連呼して記憶に刻みつけていたアルジーンにリアーナが尋ねる。
「それで、私にあんなことをさせた意味はあったんですか」
バッとリアーナの顔が上がった。
「そっちは完璧だよ! ルーティも悔しがってたし」
「全然そうは見えませんでしたけど⋯⋯」
別れ際のルーティの表情はリアーナからすれば「少し疲れた」くらいのもので、少なくとも悔しさや競争心なんかのアグレッシブな感情を示しているようには見えなかったが。
「あれが悔しがってる時のルーティなの! ああいう顔をするの!」
そう言って強弁するアルジーンを微笑ましく思いつつも、彼女は「幼馴染みには見分けが付くのかもしれませんね」と適当に頷くにとどめた。
来た時と違う道を通っている二人はまだダンジョンのある森を抜けられていなかった。
「ところで、途中で言われた時から思っていたんですけど」
「うん?」
「どうしてあんなことをしようと思ったんですか」
「あんなことって?」
「ルーティさんを悔しがらせるというか、煽るというか、駆り立てるというか」
それは彼女が心底不思議に感じていたことだった。
「今日みたいなパフォーマンスっぽい戦い方、普段ならしませんよね」
「うん、間違いなくしないよ。危ないし、あと剣はボロボロになるしね! 今日のはルーティを悔しがらせるための特別仕様だったの」
「そこです。どうして彼女に悔しい思いをさせたかったんですか」
リアーナは首をひねった。
彼女の知るアルジーンは何の意味もなく友だちに嫌な思いをさせる人物ではなかった。だからこそ最初はアルジーンのあの行動には何かポジティブな目的があるのだと──例えばルーティの競争心を刺激して彼女が強くなるように仕向ける、みたいなことを狙っているのだと──そう思っていた。
でも、と彼女はつぶやく。
「でもあれは『強くなってほしい』とか『がんばって』とかを伝えるには少し方法が歪んでいる気がしたんです」
その指摘にアルジーンは目をぱちぱちと瞬き、次の瞬間には微かな笑いをこぼした。
「あはは、名探偵リーちゃん誕生って感じかな……あれは確かに、それだけが理由じゃないよ」
彼女は唐突に歩みを止めた。そしてここまで歩いてきた道をふり返ると、剣先の風切り音を林間に木霊させながら目の前の誰もいない空間に向かって大剣を突きつけた。
「だってさ、ルーティは『競ってみる』って言ったんだよ? 私に向かって」
「……そういえばそうでしたね」
「それなのに市場で買い食いしたりポットを買ったり、しまいには私のところで魚を調理したいとか言うんだもん」
後ろからゴウっと強い風が吹いて、彼女の白いマントがその身体を包むように大きく前へと煽られた。裾についている金の飾りがしゃらしゃらと音を立てる。
ルーティの好きなようにプレイしてほしいけどさ、と一言だけ断った彼女は、そこであの獰猛な笑顔を浮かべた。
「でも、私だって楽しみにしてるのに……あんまり待たせないでよ」
それはまるで、掲げた大剣の刃先に誰かがいるかのようだった。
けれどもそうしていたのは一瞬のことで、彼女はすぐに大剣を下ろすとまた正面を向いて歩き始めた。
「まあもうしないけどねー。やっぱりルーティが楽しんでるのが一番だし、やりすぎちゃったなって反省中」
「そうですね。もしかしたらあなたのことが嫌いになったかもしれませんし」
「え」
リアーナの一言でさっきまでの不穏な空気は残滓も残らずに消え去り、代わりにアルジーンがおどおどし始めた。
「それはないと思うけど……え、ないよね、大丈夫だよね? 瓊花に嫌われちゃったら私もう生きていける自信ないよ!?」
ほんの軽口にリアルネームまで言ってしまうほどうろたえているのを見て、リアーナは慌ててアルジーンのことをフォローする。
「すみません。言い過ぎました。絶対に大丈夫ですから落ち着いてください」
「ほんとに? ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です。そんなに心配ならそれこそ今度一緒に料理でもして謝ればいいじゃないですか。たった一回で絶縁されるような仲じゃないでしょう?」
「う、うん」
そっか、そうする、と言ってメニューのメモ帳に何かを書き込み始めたアルジーンを見て、リアーナは「手のかかる妹ってこんな感じでしょうか」と小さな声で呟いた。
ダンジョンへ来た時にはまだ地平線ギリギリにいた太陽が、今ではもうかなり高いところにまで昇ってきていた。そうして高天で薄黄色に輝きながら一面の草原に暖かい光を降らせている。
穏やかな風に柔らかく揺れる草々が青空と白雲に鮮やかに照り映えて、あれよあれよと騒がしい二人の近くで小さなてんとう虫がふわりと舞い上がった。
これにて第二章終了、次話からはやっとイベント編になります。
先日統計を見ていたら総PVが50,000を超えておりました!
これもひとえに拙作を読んでくださっている皆様のおかげです。ブックマーク、評価、誤字訂正、感想とともに心から感謝します。ありがとうございます!




