「よく、見てて」
雨が降った後には虹が出ると言いますが、それは裏を返せば虹が出るには雨が不可欠だ、ということで、大きな成功を見るにはそれなりの苦悩が必要そうに思えます。
今話と次話はそんな「雨」の部分です。
追記:微グロ描写ありかもです。
(12/14)
ボス部屋の広さの説明を「テニスコート二面」から「バスケコート二面」に変更。
扉が開かれて最初に気づいたのは敵がどこにもいないということだった。ゴーレムが見当たらないどころかコウモリの影一つさえなくて、あるのはバスケコート二面分が綺麗に収まりそうな空間だけ。
──嫌な予感がする。
私が伝えるまでもなくすぐさまアルが叫んだ。
「リーちゃん索敵して!」
「今見てます!」
そうして彼女が「下です!」と声を大にして答えるのと放射状の亀裂が岩の地面に走るのとには、ほんの二秒くらいの遅れしか無かったと思う。そして目の前の地面が轟音を立てて砕けていくのには、さらに一秒もかからなかった。四方八方に飛び散る瓦礫はあくまで演出でダメージはない。そのはずなのに、私は小石のかすった右頬を触らずにはいられなかった。
いつものすべすべとした肌の感触。
「うん。まだないね」
だけど十分後には頬どころか全身まで傷だらけかもしれない。私が期待していた子分ゴーレムたちは現れそうにないし、それはつまり私もこれの相手をしないといけないということだから。
初デスかもしれないなあと弱い笑顔になっていたところで私の前に立つアルとリアーナさんの会話が聞こえてきた。
「これ、思ってたより倍以上大きいよ!?」
「私は倍どころじゃないですけどね」
「えっ、そうなの? じゃあ三倍とか四倍とか、もしかして2e倍とか?」
「いや具体的な数は……というか最後のは知りませんし」
「まさかの通じない!?」
──その余裕そうな様子に、私は少し嫌な感情を抱いてしまった。
もちろんすぐさま払い捨てる。二人は悪くないから。
そうこうしていると一軒家くらいはあるゴーレムの巨体が地響きを立てながらこちらをふり向いた。その拍子にダイヤモンドの体が光を乱反射して、その中の黄色やピンク色に輝く部位で私は自分の勘違いを察する。
「そういえば、イエローダイヤモンドなんてのもあったかな」
それはつまり、前のドーム部屋で見た色違いの宝石は私がそれなりに活躍できる保証でもなんでもなかったということ。
「笑っちゃうよ」
つい寸前まで子分ゴーレムと戦うことを考えていた自分を思い出して、その子どもっぽさに私は少しばかり俯いた。
俯いてしまった。
油断していたのかもしれない。もちろんその自覚はなかった。短剣は握り続けていたし場違いな会話から作戦相談へと移ったアルとリアーナさんの声が常に聞こえていたから、特別の警戒もなくてただ感情の導くままに視線を下げただけだった。
──戦闘中に敵から目を離してはダメなのに。
「ルーティっ!」
アルの叫び声で顔を上げる。
そして私は一瞬だけ疑問に思った。どうして目の前にもう一つ自分の顔があるんだろう、と。
そしてそれからの数瞬にできたことは両手の短剣を自分の顔とその反射との間に挟むことだけだった。
「ぐっ、あ゛っ」
息が、吐かされるっ。
『スキル【不屈】が発動しました』
「うえ゛っ……あぁ、はぁっ」
ノックバックで壁面に打ち付けられた身体から逃げ場のない空気が漏れ出る。パラパラと砕けた石が頭の上に降り注いで、少しばかり壁にめり込んでいた私は重力で地面に落ちた。気持ちうつ伏せで、舞い上がった土埃が口の中で激しく踊る。その不快感に身体を起こそうとして、スタン状態だということに気が付いた。
「ルーティ!」
すぐに二人が駆けつけてくる。屈んだアルがHP回復のポーションを振り掛けてくれたけど、私はその間もずっと元の調子の呼吸ができなかった。吸ったかと思うとさっきの感覚が戻ってきて全て吐いてしまう。途中からはポーションだけでなくて背中まで撫でられるという醜態を晒してしまった。
ゴーレムの方はスキル後の硬直を受けているらしかった。かなり大きいやつだよとアルが教えてくれて、私はさっきのが通常攻撃じゃなかったことに少しだけ安堵して不規則な息を吐いた。
十秒くらいたつとまだスタンで動けないながらも少し落ち着いてきて、それを察したっぽいアルも背中をさする手を止めて立ち上がったようだった。
「リーちゃん、スタン解除をお願い」
「分かりました。ちなみに……」
「私はあれを、ね」
「だと思いました」
リアーナさんの詠唱が始まる。
私は今の短い会話がさっきのと同じ調子だと気付いてしまって何も言うことができなかった。
アルの「それじゃあ」という声がやけに遠くからのものに聞こえる。
「私は行ってくるよ──あ、そうだ」
金属っぽい靴しか視界に映っていないアルが「ねえ、ルーティ」と私の名前を呼んだ。
スタン解除の魔法をかけられながらうつ伏せの状態でそれに返事をする。
「なに?」
「ここまでは半分以上ルーティがやってくれたからさ。最後くらいは私がやらせてもらうね。それと──」
アルは途中で言葉を止めると、私のすぐ隣に屈んで私の耳元にその口を近づけ、吐息に音をのせて囁いた。
「よく、見てて」
「え」
どういう意味、と尋ねようとした時にはアルはもうゴーレムの方へと走り去っていて、私は彼女が蹴った地面から舞い上がる砂埃を顔全体に浴びるしかなかった。
息を止める間もなく咳き込む。
「砂ぁーっ!」
思いっきり叫ぶと遠くから「ごめーん」という声が聞こえてきた。そしてそれを聞くと同時に『状態:スタンが解除されました』というシステムメッセージが頭の中に響き、身体の自由が戻ってくる。
私はすぐに立ち上がってリアーナさんにお礼を言おうとした。そして謝るのも。それはこんな序盤で迷惑をかけてしまったこととか貴重な魔力を使わせてしまったこととか、色々なことに申し訳なさがあったからだけど、けれども私はそのどちらも言うことができなかった。目の前の光景に目を奪われてしまって。
それはちょうど、ゴーレムの大きく開かれた手がアルに迫っている瞬間だった。人を数人は握れそうな四本指の巨大な手がまるでローラーでもかけるように地面を削りながら、その場に佇むアルを真横から薙ぎ払おうとしていた。
──もしもこの場に画家がいたならすぐにでも画筆を執ろうとしたと思う。題名はきっと『勇者』か『英雄』。背中に二メートルくらいある青みの大剣をさし、金刺繍の白いマントを大きくはためかせて家々よりも巨大な怪物に向き合う一人の少女を、見上げるほど大きなカンバスに荒々しく描いたはず。
そんな絵画の中にいたアルがバネのように勢いよく動いた。
「え」
アルは肩から飛び出た剣の柄を掴んで引き抜くと、それを両手で握って思い切り振り抜き、目前のゴーレムの手に勢いよく叩きつけた。
刹那の間、音が止んだ。時が止まったかと錯覚するようなその音のすき間に私はアルがスキルを発動する声を聞いた気がした。
「【フリースタの剣】」
「ピシィッ」という聞き慣れない音が岩の空間に反響したのはその直後のことだった。
数話前の前書きで「もうすぐ(五話くらいで)ルーティ覚醒です」というようなことを言った気がするのですが、書いてみたらまだもう少しかかりそうです。




