起動
まだゲームには入りません。その上短いので物足りないかもしれません。
カチッという音が木霊した。分針がまた一目盛り動いてとうとう二時半になった音だった。もう三十回は聞いたような気がするその音が消えると、今までと同じように五月の車の音が部屋に入ってくる。
確かに、私が設定した宅配時刻は「二時から三時の間」だった。だけど今日で高校の小中間考査が終わって、昼食を手短に済ませて、一時前に走って帰ってきてから私にしては珍しく部屋まで片付けたというのに、どうしてこんなに待ちぼうけを喰っているのだろう。宅配の人も五分前完了を実践してくれたらとバカなことを考えてしまう。
動かない短針と回転する秒針がいい加減嫌になって、わざわざ片付けた古文書や資料をもう一回取り出そうかと思った時だった。ピンポーンという福音の鐘がようやく響き渡った。
階段を駆け降りて玄関へ向かうと、ちょうど藍奈が――春からうちに住んでいる友達が――小さめの箱を二つ脇に抱えて配達のサインを書き終えたところだった。
「藍奈、来た?」
「ん。間違いない」
その返事に口角が上がる。
藍奈から片方の箱を受け取り二人で配達の人にお礼を言う。彼はそれに少し驚いた後、小声で「それ、とても楽しいですよ」と言って出ていった。
「今の人、一陣の人だよね」
「多分」
第二陣は今日開放なのだから。
待ち焦がれた品物が届いて、不思議な出会いもあって、後はプレイするだけ。私と藍奈は逸る気持ちと駆けようとする足を押さえつけながら二階に向かった。忍者のように一歩ずつ足元を確認しながら階段を上るなんてこれが最初で最後の機会だろう。
でもそのおかげで何事もなく二階に上がれた。
「じゃ、前話した通り、最初の広場で会おう」
「ん。分かった」
藍奈の部屋の前で彼女と別れて私は廊下の突き当たりの自分の部屋に向かう。今すぐにでも弾丸のように飛び込みたかったけど、最後まで誘惑に抗いきって震える右手でドアを押し開けた。
塔の如く積んであった古書をこの瞬間のためにどかしてスッキリさせたベッド。私は早速そこに寝転がって無意味で過剰な包装を破り捨てる。
「ふう。これだよ。これでやっと遊べる」
メタルグレイのVRヘッドセットが私の手の中で光を放っている。仰向けになり、何度も見た動画の通りに姿勢を整えて、私は大きく息を吐いてからそれを装着した。
電源が入ると視界に「起動中」の文字が現れる。
「ハードウェアを起動しています……ソフトウェアを起動しています……」
十秒くらいして全てが暗転し、VRゲーム特有のあのふっと自分と世界が一体になって溶けるような感じを覚えた。
――Thine Owen Odyssey――
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