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3.私の味方は

 クラードの屋敷に来て2か月が過ぎた。ユウナは以前より体調を崩すことが多くなり、部屋にこもりがちだった。そんなユウナを見てもクラードはいつもの調子を崩すことなく、ユウナに強く当たることが多く、それもまたユウナの気持ちを落ち込ませる。

 そんな時ユウナを支えてくれるものがただひとつだけあった。先日ユウナの父が様子を見に来た時にこっそり渡してくれた、アレンからの手紙だった。


 「昨日届いたんだ。アレン様の従者様が直接家に持ってきてくれたんだ。アレン様はユウナがクラード様のところにいることは知っているようだよ。手紙に婚約破棄についても何か書いてあるかもしれない。1人になったときにこっそり読みなさい。」


 ユウナの父が帰ってから手紙を読むタイミングは何度もあった。それでも何が書かれているのか怖くて、ユウナはなかなか手紙を開くことができなかった。

 しかし次の日の夜、ユウナは手紙と対峙していた。今日の昼間は、クラードから意味もなく怒鳴られ、夜ご飯を与えてもらえなかった。落ち込んだ気持ちで部屋に戻ってきて、いつも読んでいる本を開くと、しおり代わりに挟んであったアレンからの手紙を見つけた。


 ───いまなら読めるかもしれない。


 ユウナは手紙を開け、文章を読み始める。


 「ユウナへ。元気ですか。この間は突然突き放してしまってすまなかった。今はクラードの屋敷にいると聞きました。1人になるな、味方を作れ。いつも言っていることを心に留めて、どうか身体に気を付けて。」


 たった数行の短い手紙。それだけだったがユウナの心は満たされていた。涙もあふれた。アレンは突き放してすまなかったと謝っている。婚約破棄はきっとなにか事情があるのだと、アレンのことを信じていてもいいのだと思わせてくれる文章。


 ───私はやっぱりアレン様が好き。信じていたい。今はクラード様のお世話になっているけれど、いつかアレン様が帰ってきたらお目にかかって、私の気持ちは変わっていないことをお伝えしたい!


 その日からユウナの気持ちは少しだけ前向きになった。いつかまたアレンに会って話をすること、それがユウナの気持ちを支えてくれていた。

 しかし前向きになったとはいえ、クラードの当たりの強さが変わるわけでもなく、ユウナが落ち込んだり臥せってしまう日は増えていった。

 そんなある日、ユウナが秘の病の影響で体調を崩し自室で横になっていた時のこと。クラードが突然部屋に入ってきて、大声を上げた。


 「ユウナ、乗馬に行こう! 部屋の中にこもっているのは身体に良くない。君の体調が悪いのは部屋の中でごろごろしているからじゃないのか?」


 甘ったるい粘性のある大声は、体調の悪いユウナの頭にとても響いた。ユウナは上半身だけ身体を起こすと、クラードをまっすぐ見据えた。


 「クラード様、申し訳ございません。今日も体調が悪いのです。乗馬はおひとりで行っていただけますか?」


 「体調が悪いって、君はこの家に来た時からそう言って私との時間を取ろうとしないだろう。君はいつまでそうして落ち込んでいるんだい? アレン君とのことは残念だったとしか言いようがないが、今の婚約者は私だろう? 目の前の私に構ってくれてもいいのではないかな?」


 そう言うとクラードはベッドの上のユウナをいきなり抱きしめ、無理やり口づけをしようとした。ぞわっと背中に悪寒が走ると同時にユウナはクラードの顔を押しのける。


 「やめて!」


 「やめて? 全く君は意味が分からない。自分から私の屋敷にやってきて、婚約者となろうとしたくせに、ずっと寝たきりじゃないか。婚約者としての自覚はあるのかい? あんな男のこといつまでも引きずっていないで、早く私のことを好きになれ!」


 クラードが右手を振り上げた。殴られる、ユウナがそう思ったとき。


 「そこまでだ、クラード。」


 低く怒りのこもった声がユウナの耳に届いた。しかしどんなに怒っていても、優しさを感じる声。聞くだけで心があたたかくなる声。それはずっとずっと聞きたかった声。


 「アレン様…。」


 ユウナはその人の名前を呼ぶ。ただそれだけなのに涙があふれる。アレンは大股でベッドに近づくと、クラードを押しのけユウナを抱き上げた。一緒に生活していた時より軽くなったユウナの身体をぎゅっと抱きしめると、アレンはにこりと笑った。肩で息をしているアレンを見て、ユウナは走ってきてくれたのかと嬉しくなる。


 「ごめん、こんなことになるなんて思っていなかったんだ。でも君を迎えに来た。話したいことがあるんだ。帰ろう、僕たちの家へ。」


 ユウナは驚いた。一方的に婚約破棄を言い渡した相手がまた迎えに来た。そこだけ切り取ればなんて最低な男なのかとも思う。それでもユウナにはアレンが意味もなく婚約破棄をしたと思えなかった。そうでなければあんな手紙を送ってこないから。旅を終えてこうして迎えに来てくれた、それだけでユウナの胸はいっぱいだった。


 「アレン! 突然しゃしゃり出てきて何を言ってるんだ? ユウナは私の婚約者だ! 君はもう婚約者でもなんでもないだろう? ユウナをどうするかは私が決めることだ!」


 「それは違うなクラード。ユウナは物ではない。どうしたいかはユウナが決めることだ。なあ、ユウナ。君はどうしたい?」


 そんなの、そんなの決まっている。ユウナはアレンの首に手を回した。


 「アレン様と一緒にいたい…!」


 涙があふれて止まらない。アレンはその涙を指でぬぐうと、クラードに向かって低い声を放った。


 「僕がいない間に彼女を奪えば僕より優位に立てると思ったのか? 残念ながら手を出すところを間違ったようだな。僕はユウナをずっと愛している。婚約破棄に関しては事情があったけれど…君の出る幕ではなかったことだけは覚えておいてほしい。」


 アレンがユウナを抱きかかえ、部屋を出ていく。クラードは顔を真っ赤にしながら地団太を踏んだ。

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