第86話 クロ・クライシス その4
コツコツと広間の中央に歩み寄っていく複数の足音は、1人の人影を捉えて一斉に動きを止めた。
彼女は岩の中央に軽く腰掛け鎮座していた。
クロ、その人だった。
銀の首輪が松明の光を受け光っている。
焦る気持ちはもうない。
ヌマルルは冷静に、しかし気持ちを込めてクロに語りかける。
ヌ゙「久しぶりにゃ、クロ。ずっと会いたかった…。
研究所からは逃げられたのかにゃ?またいろいろ話を聞かせてほしいにゃ。」
クロは語らない。ヌマルルがまだ話の核心に触れていないことを見抜いているようだった。
ヌマルルもそれを察して話を進める。
ヌ゙「クロ、バカなことをしたんにゃね。罪のないひとを襲ったと聞いたにゃ。
帰ろう。
一緒に帰ってヌマルルも謝るにゃ。時間はかかるかもしれないけど、ここでまた一緒に笑顔で暮らさにゃいか?」
ヌマルルの精一杯の気持ちだった。しかしクロの返事はない。
少し間を置き、クロの体が小刻みに震える。
ク「フ…フフッ、フフフフフ…」
クロの口から笑みがこぼれる。俯き加減に笑っていた彼女は、やがて堪えきれないといったように天を仰ぎ大笑いする。
ク「ククク、あーはっはっは。フフ、ふぅ…、あなたが私を連れて行くつもり?
冗談はよしてよ。そうじゃない、私があなたを連れて行くの。もう一度あの研究所にね。」
今度はクロが語る番だった。
ク「私、あなたと別れたあの夜の後、結局研究所に連れ戻されたわ。
最初こそ私は、あなただけでも逃れられて良かった、なんてお人好しなことを思っていた。」
クロは顔に影を滲ませる。
ク「けどそんなふざけた思い、数週と保たなかったわ。あなたがいなくなり、より厳しい環境が私を待っていた。
繰り返される、以前より増大した投薬に実験。
私はそれを受けるたびに、自由を謳歌するあなたに憎悪と嫉妬の念を積み重ねるようになった。」
そう、私、あなたが憎いの、と低い声でこぼす。
ク「私はある条件と引き換えに、あなたを捉えて研究所に戻す任務を預かったわ。
お分かり?私は自ら進んでその任務を受けたの。
あなたの居場所は割れていた。ミルー、いい街ね。
自治と権利が安定して保証されており、研究所も手を出せないでいたわ。」
クロはスタッと岩から飛び降りる。
ク「私はあなたを力づくで連れて行くつもりだったけど、トールの仲間がつかず離れずついていたわ。
正直手をこまねいていた。
けど今日の協同クエスト、これは好機だと思った。」
くるりと後ろを向くクロ。背中で語り続ける。
ク「どうなるかは一か八かだったけど、クロの名が出た状態で餌を撒いてみたわ。
…結果は私の勝ちね。案の定トールのお付きの気配はなく、あなたに会えた。失敗していればこれを使うつもりだったけどその必要もなくなったわ。」
帰還チャームを揺らすクロ。
ヌ゙「餌を撒いただと…?シトロは怪我をしたんにゃよ!?クロの勝手な行動のせいで!」
ク「私も手段なんて選んでいられなかった…。
さぁ、つまらない話はここらで終わりにしましょう。あなたを確実に捉えるために、こんなものも用意してあるの。」
クロは小さなピラミッド型の装置を足元に置き、起動させる。
コ「あ、あれは防犯用に使われるアイテム、リターン・ジャマーです!
移動系の魔法やアイテムの一部を阻害します。き、帰還チャームも例外ではありません。はい。」
コルックの言葉通りなら、いざという時の退路も絶たれたことになる。
ク「さぁ、楽しい時間を過ごしましょう?」
クロが振り向き、身震いする。
ゾッとするような気配が彼女を包んでいった。
その表情にはうっすらとした笑みが浮かんでいる。




