第八百八十話 状況、苦なれど己だけではどうにも出来ず
風斗車に乗ってやってきたライラロさん。
その顔色は悪い。
理由は聞くまでもなくあのドーム状のものだろう。
中には確実にシーザー師匠がいるに違いない。
「ライラロさん、すまない。理由あってタイミング悪くいなかったんだ」
「あんた、足あるわよね? 無事よね?」
「無事だよ。ベルドがここに来なかったか?」
「来てないわ。もしかして……北の海で爆発があったの。それかしら?」
「北の海で爆発? ……俺が居た場所はもっとずっと先だ。もしかしてそれがベルドか?」
だとしたら何かに巻き込まれたか……無事でいてくれればいいのだが。
後でライラロさんに向かってもらうか。
「その人、闘技大会参加者よね? それにその鳥は何? それにあの……怖い人だれ?」
「聞きたい気持ちも分かるが、今はそれより状況を教えてくれ。一体何があったんだ?」
「そう、聞いて! 大変なの! ベルディスが、ベルディスが……うぅっ……」
「落ち着け。ライラロさん、状況報告出来るな?」
「……うん。あの片目の男がね。女王を狙ったの。それでね……」
「何だと? メルザを狙った? メルザはルーンの国にいたはずだぞ!」
「それが、あの子のお母さんを名乗る人が現れたって。女王に伝えろって言う話が出
て、それでね。言伝だけが伝えられたみたいなの。そしたらバカ弟子はカルネちゃんを連れて
外に……」
「メルザの……母親だと? 信じられない。そんな、まさか……」
ダメだ、混乱しきっているのは俺だ。
落ち着け。まだ、話を聴かないと。
「それで、きっと狙っていたあの男……ルッツがバカ弟子を撃ったの。でもカルネがそれ
を止めようとして……力が暴発したんだと思う。カルネちゃんはにっこり微笑んで、何か
を託すように私とイビンは弾き飛ばされた。イビンには急いでカッツェルの町に行かせて
応援を呼んだのよ」
「それじゃやっぱりあのドーム状のものはカルネが……」
「バカ弟子は無事よ。でもきっとカルネちゃんは……」
「カルネが無事じゃなかったら、メルザだって無事じゃない」
何てことだ……怒りで勝手に絶魔が発生してしまいそうだ。
そう感じていたところに、無口なタルタロスが口を挟んだ。
「……いや。話を聴く限り双方無事である可能性は高い。確かここにカイロスがいたな」
「ああ。だがジャンカの町には……いや、武器屋にいた可能性は高いか」
「時と闇の防壁。あの中は時間停止しているはずだよ。私たち管理者のうちの二人も揃っ
ていたのなら、異常行動発動に、素早く対応はしているはず。それにしても、アルカイオ
ス幻魔に手を出したんだね。そうなるとやっぱり目論見は……」
「魔対戦を再び発動させるつもりか。愚かな」
「それは、どういうことだ? 確かルッツだったか。一体何を考えている」
「彼は手駒のうちの一人でしょ。いや、本人の意思である可能性もあるけど。主犯は間違
いない。メイショウだよ」
「メイショウ? 覚者っていうあの?」
「彼は、君の言葉で分かり易く言うなら勇者だよ。そして神兵を率いている可能性は高い」
「勇者? 勇者ってのは魔王を倒して世界に平和をみたいな、あの存在のことか?」
「そう。だから分かり易く言ったんだって。とてつもなく強かったでしょ?」
「ああ。闘技大会にあんな化け物が参加するとは思わなかった程に」
「私は目を瞑ってたんだけどね。関係無いしさ。でもまさか、彼がそこまで手の込んだこ
とをするなんて」
……つまりルッツがメルザを殺そうとし、カルネがそれを庇い、力が暴走。
それに共鳴してアルカーンさんが更に時を止め、一時しのぎをしている?
状況を見たライラロさんとイビンがどうにかしてくれると信じて。
メルザを狙ったのはルッツ。ルッツはメイショウの配下。メイショウは勇者という存在
で、魔対戦を発動させようと目論んでいた?
一体誰の差し金でだ? ……ロキか、或いは常闇のカイナしか思い浮かばない。
もしくは……「神兵ギルティの復活は既に始まっているのかもしれんな」
「君もそう思うかい。私もそう思うね。そしてこの状況まで予想していたとするならさ」
「ああ。確実に何かが起こる。今、このときに」
「……なぁ。もしこの結界を解いたらどうなる」
「君の娘であり元、ブレアリア・ディーンが持つ賢者の石を秘める少女の命は失われる」
「助ける、方法はあるんだよな」
「落ち着いて。大丈夫、あるよ」
「ルーンの国は、どうなってると思う?」
「そちらも時間凍結されている可能性は……高い」
「俺が出来ることは何でもする。命を差し出せと言われればそうする。だから頼む、カルネ
を助ける方法、教えてくれ……」
気付いたら、膝をつきタナトスの前へ頭を下げていた。
何時の間にか父親になったんだな、俺……ようやく実感した。
この状況、どうすることも出来ない自分が歯がゆくて仕方が無い。
地に着いた拳にギリギリと力が入り続け、血がしたたり落ちる程に、無力な父親である
ことが悔しかった。




