第八百七十七話 小さくなったプリマ
「おいプリマ。もう戻ってるだろ? 出てこいって」
「……いやだ」
「あれ、お前そんな甲高い声だったか? いいから出てこいって。タナトスがお茶と茶菓
子を……」
「お腹空いた……」
茶菓子と聞いてか外に出て来たプリマは……元々百四十センチ程度しかなかったのに九
十センチくらいの子供になっていた。
ラングの耳がぴょっこりと突き出ているその姿。
どうみても子供の獣人に見える。
「タルタロス、こいつだけ直ってないんだけど」
「……薬の効果が無かったなら、封印内で拒んだのではないか」
「こいつ、きっとあのげろまずい奴を拒んだんだろ。おめえを通じてあの味が伝わってき
やがったからな。思い出すだけで寒気がするぜ……」
「プリマはあんなのいらない」
「どうしたら戻せるんだ?」
「魂の器に影響された者は、主秘防の魔という封印を強制的に受ける。それを解除するには
あの薬しかない」
「俺は平気だったぞ?」
「お前の体はあらゆる封印、呪いの類が効かん。カイオスの影響でな」
「やっぱ俺の魂は、カイオスの魂なのか」
「正確には数十、数百と転生し終えたカイオスの魂を作り替えた者。スイレンの魂もまたカイ
オスの影響を受けた。カイオスはそもそも、盲目者だ」
「その因果を受けて弱視だったとでも?」
「そうだ。ゲンドールに転生したとき、その影響を最大に受けた。本来入る器は、神兵ギ
ルティ」
「そいつはまだ存在するのか?」
「ああ。ゲンドール大陸の何処かに眠っている。魂はもう存在しない」
「自らの仲間を多く殺した存在に入れられ、世界を滅ぼそうとする? 神ってのはそんなこ
とまで容認しようっていうのか。だとしたらふざけてるだろう」
「それは人や魔といった生命体の視点。宇宙規模での視点で考えるがいい」
「宇宙……想像もつかない世界だが」
「絶対神は星や宙域の存続を基準に考える。ゲンドールという一つの大星において、その存続
が有意義かどうか。ただそれだけだ」
「あんたはそう感じないってことだろう?」
「……カイオスという存在は何の罪も犯してはいない。そう思っただけだ。なぜ苦しまねばなら
ないのか。一つの魂に繰り返される不幸など、罪を犯した魂だけで十分」
「あのー……私の話が進まないんだけど、お二人さん」
「てめえの魂がカイオスだろうがどうでもいい。んなことよりおめえが何で乗っ取られたのか。
地底に何が起こってるか話やがれ」
ベリアルは俺の肩からタルタロスに向かい、憎しみをこめてタルタロスの頭を嘴で突き
だした。
しかしそれを頭の動きだけで全て回避してみせるタルタロス。
信じられない、何て奴だ……。
そんな俺をジト目で見るタナトス。何でだよ。
「君ね。変なことに関心してないで止めなよ。あれでも話が進まなくなるの!」
「分かったよ。ベリアル、どうせやるなら奇襲にしろ。今は戻れ」
「ちっ。首の関節どうなってんだあの野郎」
「ふう。まずタルタロスに異常が出る前にアルケーがおかしくなった。それから部下が次
々とおかしくなったんだ。彼は日ごろから部下の行動に興味を示さなくてね」
「部下などそもそも必要無い。勝手に部下を持たされたに過ぎぬ」
「またそんなこと言って。それでも冥府の管理者なの? 」
「好んでやっているわけではない。ネウスーフォが勝手に任命しただけに過ぎぬ」
「はぁ……それはそうなんだけど。長年地底を均衡に保つための存在だったんだけどね。
その縛りが招いた結果が彼の性格なわけ」
「封印した霧神の存在を突然感じるようになった。だが確実に封印した。奴はどうやら
本体を再生成してアルケーに憑りつかせていたようだ」
「じゃあ封印したのも本体で、アルケーにいたのも本体ってことか?」
「その通りだ。つまり奴は死滅してなどいない」
「本当にしつこいよね。あれを消滅させる手立てなんてないんじゃないの? そもそも必要?
あの神って」
「何かしらの役割を持つのが神であるなら必要なのだろう。封じることが出来ればしばらくは安
泰なのだが、既に進化した神でロキにも匹敵する邪神となっている」
「俺が封印した後、魂の器に吸い込まれたようだが?」
「先ほども伝えたように、それは本体であるが再生紙されており、奈落はそこら中が奴で埋め尽
くされているといっていい。だが……」
「まだ何かあるのか」
「奴に操られたものは強く感じたか?」
「……いいや。どれもそこまでの相手じゃない。傀儡みたいな動きに近かった。あんたはそうでも
なかったけど」
「そうか……それならば大した問題じゃないんだね」
「奴にとり憑かれたものは、精々そのものの持つ能力の半分も出せんのだろう。もし出せるのならば
お前たちの命は無かったはずだ。アルケーの技もみなかったのだろう?」
「ああ。そういえばベリアル、お前確かアルケーを捕縛して取引とか言ってたな」
「クックック。ハーッハッハッハッハッハ! 待ってたぜぇ、このときをよ。先兵のアルケー。
返して欲しいだろ? タルタロスよぉ……」
「いや? 不必要だ」
「……」
「で、でもさ。今後の戦いに戦力は必要でしょ? ……ていうかさ。地底がどうなってるか、話
してもいい? どうしても君たち二人の話で盛り上がってるように思えるんだけど」
そう言われてもな……こちらとしても気になる話が多いんだよ。
霧神とは因縁があるし、しかもまだ完全に封じれたわけじゃないなら邪魔してくるだろう。
それに地底の話よりもまず先に、地上の様子が気になるんだけど。
「邪神や地底はひとまず置いといて、俺たちの国がどうなってるのかを知りたいんだけど」
「ああ、それもそうだね。タルタロス、地上の目をみせてくれないかな。場所はトリノポート大陸」
「いいだろう」
そう告げると、あの恐ろしい能力を持つ玉を取り出し、俺たちへ見せてくれる。
まさかその場に連れて行けるのか?
「安心しろ。その空間は此処へ呼び出せん。呼び出せるのは管轄されている場所のみだ」
「それでも恐ろしいものだよ。何処でも監視出来るんだから」
「どこでもではない。結界が強すぎれば覗けぬ場所もある……ここのようにな」
映し出されたのは、ジャンカの町……と思われる場所だ。
すっぽりと紫のドームのようなものに覆われている。
中は全く見えない。
そして周囲には……何人かいる。観客に来ていた奴らか?
あれは……ライラロさん? ライラロさんは外にいたのか。
しかし、ライラロさんがいても解除出来ない結界だっていうのか。
「……タナトス、どう思う?」
「これは多分防護結界の類じゃないかな。可能性があるとしたら……ブレアリア・ディー
ン」
「は? 今何ていった?」
「だから、犯人はブレアリア・ディーンか或いはそれに準ずる力の持ち主。賢者の石による影
響だと思う」
「一体何のために?」
「防護結界だから、誰かを守るためだよ」
「ルーン国の確認は出来ないのか?」
「それはカイロスによる領域か。ならば不可能だ」
「……この結界を破り中に入る方法はあるか」
「タルタロスが出向けば、或いは」
「他に方法は無いのか」
「残念ながら私の力じゃ無理だよ」
「……出向いても構わん」
「えっ? 嘘でしょ。君が奈落を離れるの?」
「或いはそうさせるために張られた結界の可能性もある。ベリアルよ、先ほど取引と言っ
たな。アルケーを返してもらおう」
「ちっ。それが交換条件かよ。一発思い切り殴ってやろうと思ったのに」
「それはお前がそれだけの実力が身についたら試してもらおうか」
「けっ。上から見下すんじゃねえ! アルケーは戻してやるよ」
そう言うと、一瞬だけ竜の姿になり、ペッとアルケーを吐き出して元に戻るベリアル。
何処に封印してたんだ、こいつは。
アルケーはゆっくりと起き上がると、何事もなかったかのようにタルタロスへ跪く。
「不覚を取り申した」
「良い。これより地上へと赴く。奈落の件は任せる。これを身に着けておけ。憑依耐性
を身に着ける装飾具だ。今構築した」
「はっ……しかし効果があるでしょうか」
「さぁな。憑りつかれたら再度元に戻す」
「御意」
そんな感じでいいのか? とも思ったが、何も言わずにヒューメリーの領域から姿を消
すアルケー。
こいつも不思議な存在だ。ベリアルの方に身向きもしなかったぞ。
「さて、お茶も飲み終えたし、そろそろ地上へ向かってよタルタロス」
「ああ。場所は少し離れるぞ」
「どの辺りだ?」
「この山脈がある場所だな」
「……ガルドラ山脈か。つくづく縁がある場所だ」
ついてくることになったタルタロスさん。
ようやく地上へ戻れる!?




