第八百七十六話 最強の管理者、冥暗のタルタロス戦その三
「くたばれやーーー!」
鳥の姿から一瞬だけドラゴントウマの姿に戻ったように見えたベリアル。
しかし本当に一瞬だけで、もう鳥の姿に戻っている。
放出したのは例のテュポーン。
ベリアルが鳥に戻ってもその攻撃は継続されたままだ。
一直線に正面へ放出すると、凍らせた剣の林を取り込み、タルタロスへ直撃した……か
のように見えた。
しかしベリアルの攻撃は空中に浮かぶ片手のアイスピックに突き刺す形で防がれ、空気
でも抜けたかのようにしぼんで地面へと落下する。
その間にベリアルも俺も追従して挟み込むように攻撃を仕掛けていた。
「巨爆烈牙剣」
「死ねぇ、タルタロス!」
中距離から分厚い斬撃を飛ばす俺と、竜の姿に戻り、前爪で攻撃をするベリアル。
俺の攻撃は再び奴の持つ玉へと吸い込まれ、ベリアルの爪は……空中に浮かぶ斧で防が
れた。
何て奴だ……鉄壁過ぎるだろ。
一体どう攻めろってんだよ!
「この形態でもまだ片手で止めやがんのか、このくそ野郎が!」
「割と、重い攻撃になったな。ベリアル」
「見下すんじゃねえ! このまま噛み砕いてやる!」
「八寒地獄」
再び所持ている玉に映像が映し出され、風景が一変する。
今度は……極寒の地域か。
タナトスは言うに及ばず、ブレディー、カイロスと比較にならないほどの戦闘力。
「これが、タルタロスか……」
「おいルイン! 諦めてんじゃねえ!」
「諦めるかよ、それよりそろそろ、時間が切れそうだ」
「ちっ。仕方ねえ奥の手を……ぐはっ」
「ベリアル!」
こちらを向いていたベリアルに、巨大なツララが無数に突き刺さっていた。
この空間はやばい。そこら中から巨大なツララが降り注いでいる。
俺はベリアルに比べれば小さすぎるくらいだからそうそう当たらない。
しかしあの巨体じゃ簡単に突き刺さる。
「ぐっ……今が好機なんだよ。一気に攻めねえと」
「ベリアル、一度戻れ!」
「この程度で戻るか! 竜を舐めんな……試してみるしかねえ……おいルイン、俺にラモ
トの力を投げやがれ!」
「冗談だろ? 本気か?」
「今の野郎は動けねえんだよ! このくそ寒い空間で涼しい顔している奴の顔を青白くし
てやるのも面白ぇだろ?」
動けない? 空間を切り替えると身動きが取れなくなるのか?
それなら確かに好機。
上手くいくかは分からないが……やってみよう。
凍る地面に手をつき、青白い文字をベリアルの足下に流していく。
文字はベリアルの巨体を伝わり……ツララに突き刺さりながらもベリアルの口許へと移動し
ていった。
「いいぜ。いい感じに合わさるじゃねえか。今度こそくたばれ! ラモト・ギルアテネシーマ!」
青白い大爆炎を放出したベリアルの息は、周囲の氷を焼き尽くしながらタルタロスへ一
直線に向かう。
確かに全く避ける気配がない。
いや、避けられる状況だとしてもその攻撃範囲から逃れるなど不可能に近い。
それでも……奴は何かを行う素振りをみせる。
「十王招来、秦広・炎王」
「っ! ようやく出しやがったな、タルタロス!」
「何だ、あれは……」
ベリアルの攻撃を危険と予測したのか。
突然派手な衣装を着た奴がタルタロスの正面に現れ、迫り来る青白い炎を全身で吸い取
ってしまった! いや、正確には少し違うようだが……。
何だこいつは。これもタルタロスの能力なのか?
「七夜の明星、不動明王の秦」
「ルイン! ぼさっとすんじゃねえ。攻撃に備えやがれ!」
「両星の吸盾」
「秦・不動明王剣」
ベリアルが吠えた直後、青白い炎を全て吸い取ったそいつは、無足の動きで俺、ベリア
ルを何時の間にか通過し……切り刻まれた。
どちらも体から多量の出血を受ける。
……全く見えなかった。能力の一端にしては強すぎる。
そして、そろそろ意識が刈り取られそうだ……だが、こいつはいいもらい物をしたようだ。
しかし立て直せる状況じゃない。俺たち二人掛でこれか。
予想を遥かに超越する強さだ……。
「ぐっ……ルイン……あいつには、水、だ」
「しっかりしろ、ベリアル……赤海星……大海嘯!」
打ち付ける荒波を放出したが……いくら何でも大技を連発しすぎた俺は、疲弊し膝をつ
く。
ここで負けるわけには……町の皆に会えなくなってしまう。
絶対あいつに勝たなければ。
「十王招来。初江・山王」
「うそ……だろ」
直ぐに二人目の十王とやらを招来した。
しかも十王という位だ。後八人もこんなのがいるってことだろ。
……考えが甘すぎたのか。
だが、諦めるわけにはいかない!
「十四夜の明星、釈迦如来の初にございます。お覚悟」
――新たに呼び出された奴が俺たちを襲おうとしたそのときだった。
「ちょっと待ったーーー!」
「何だタナトス。お前が割って入ったら俺たちの負けだろう!」
「いや? 君たちの勝ちだよ」
「何言ってんだてめぇ! 俺たちを侮辱してやがんのか! どう見ても劣勢だろうが!」
「む……タナトス、何を言っている」
「ほんとさ、タルタロスって何処か抜けてるとこあるんだよね」
タナトスが割って入ったため、新たに出て来た十王は困惑している。
もう意識が飛ぶスレスレだった。
ギリギリ絶魔を解除出来たが……勝てる要素が見当たらない。
「君さ。十王の二人目の呼び出しに正式名使わないといけないよね。もう一度言葉を発し
てみなよ」
「……初江・山王だ」
「ほら、降参してる」
「……む。確かにそうだ。私の負けのようだ」
「おいおい冗談じゃねえぞ! そりゃこいつが負けと認めたことにならねえだろうが!
まだこいつの顔面に一発くらわせてねえんだぞ」
「いいや。降参と言ったら負けだった。例え途中の言葉でもね。そうだろウナスァー」
「いいだろう。タルタロスが自らの口で負けを認めたのだ」
「納得出来るか! くたばれタルタロス!」
そのまま襲おうとするベリアルを無理やり封印に戻した。
ややこしくなるからとりあえず落ち着け!
結局傷らしい傷を一つも与えていない。
連携ブレスで多少の影響熱を与えた程度か……こいつは間違いなく過去戦った中で最強
格。
いや、ベリアルありきでの戦闘を考えれば最強だ。
オズワル以来の激しい戦闘だった。
しかも、命のやり取りをしていたわけじゃない。
まだまだ奥の手も引き出せていなかった。
「……この世界に来て何年経ったか分からないが、まだまだ化け物じみた奴がいたもんだ
な」
「当たり前でしょ。絶対神が産み出した文字通り反則的な怪物だよ、彼は。操られてヒヤ
ヒヤしたんだから。こんな状況でも助けない絶対神って本当どうかしてるよ」
「約束通り魂の器と繋がる回廊を断ち切ってやろう。それと、これに着替えろ」
何処かから聞こえる声。
タルタロスの空間は消え去り、いつの間にかヒューメリーの領域へ戻っている。
上空から黒い槍が俺の全周囲に突き刺さり、バラバラと砕け散って無くなった。
その後、ばさりと何かが地面に落ちる。
「良い戦いだった。鍛えきれば何れタルタロスと並ぶ強者になろう。イネービュの呼び出
しに応じてみるのも一興かもしれぬ」
「これを、俺に?」
「左様。褒美として受け取るがいい。片方はベリアルのものだ」
「あ、ああ。有難う。これで外に出れるのか?」
「二度は言わぬ。さらばだ、若き獅子よ」
「……聞いたかいヒュー。一日で信じられない言葉を何度も聞いちゃったよ」
「だえー。気に入られたんだえー」
「はぁ……何か腰が抜けた。全く勝った気はしない。俺もまだまだだな……」
「そうだね。絶魔を覚えて経ったの数日。君はもっと修練を積まないとね」
「だえー」
「おいルイン、出しやがれ! ……ちっ。興覚めだぜ」
ウナスァーよりもらったものは赤と黒の入り混じったフード付きの半身闘衣?
それと、これは……なんだ? 竜状態のベリアルにつける飾りか?
後で渡しておくか。
黒衣の上に羽織ると、思ったよりしっくりとした感じに着れた。
再び立ち上がり、見下ろしていたタルタロスの前へ出た。
「十王を使うことになるとは思わなかった」
「使わなくても勝てたって顔してるけどな」
「けっ。いけすかねえのは相変わらずだぜ」
「現状を把握したい。タナトス、あれからどうなった」
「ふう。終わったばっかりなのにもうそれかい。少しはゆっくりしなよ」
「そんな暇が無いことは理解しているだろう。話せ」
「はぁ……分かったよ」
タナトスはいつの間にか人数分の椅子とテーブルを用意してお茶を注ぎ、席について話
し始めた。
そういえばプリマ、一度も出て来なかったけど、プリマまで小さいトウマっぽくなって
たわけじゃないよな……。




