第八百七十三話 ウナスァーの声
タナトスの放つ爆輪。これは爆発物が輪の形を成しているに過ぎない。
爆発の度合いを決めるのもタナトス次第だが、ルインに一部能力を吸収され、威力はそ
こまで上がらない。
彼自身戦闘向きの管理者ではなく、直接的な戦いよりも対象を領域に閉じ込めたり、力
そのものを檻に入れたりする戦い方を得意とする。
つまり、誰かの補助を受けるか相手の隙を突くなどの戦法でなければ、戦いを優位に
運べない。
ベリアルを捕縛したきっかけも、その能力を封印したお陰でことを上手く運んだのだった。
「このような玩具程度のもので、このアクソニスに傷を負わせられるとでも?」
アクソニスがいた場所はタルタロスが放出した魂の器の上。
ピンク色に近いような軽装に身を包み、微笑んでいる顔は色白く見え、耳には角と書かれた
装飾の細かい耳飾りが付けられている。
つまらなそうに片手をかざすと爆輪はアクソニスに届くことなく手前で粉々に砕け散り爆発
を起こした。
「ヒュー!」
「だえー」
その爆発の隙にヒュプノスはタルタロス、ルインを抱えてふっと消えた。
残ったのはタナトスと常角のアクソニスのみ。
不快なものを見たかのように、ふぅとため息を漏らすアクソニス。
「自分の領域に戻しましたか。つまらないですね。消し去ったのは愚神の魂ですか。この
アクソニスの邪魔をするつもりですか? あなたの魂で試して更に試してもいいのですよ」
「……くっ。魂の器を回収出来ないとは。でも無駄だよ。絶対神が許すはずがない」
「無駄? このアクソニスに無駄など一つも無い! よく覚えておきなさい……おや?
挑発しておいて逃げましたか。まぁいいでしょう。これさえ手に入れば……ふふふふ」
――奈落より強制的に眠りの領域へと戻ったヒュプノス。
そしてアクソニスが喋ってる間にタナトスも領域へ撤退した。
二人の領域は奈落の底、冥府に存在し、戻るのは容易だった。
先ほどまで苦しんでいたルインは領域に戻った瞬間から、落ち着きを取り戻している。
「どう? 彼の様子は」
「だえー。大丈夫なんだえー。取り込んだ魂の殆どは消滅してるんだえー」
「そう……中にいたプリマとベリアルは?」
「無事だえー。守られてたんだえー。不思議だえー」
「魂を守る……か。あの苦しみは何かしらの防御反応だったのかな。魂の器の効果は消え
ない。このままだとまずいね。この場所から一歩も出せないよ。気乗りしないけど、ウナ
スァーかネウスーフォに頼むしかないかなぁ」
「だえー。タルタロスも起きないんだえー」
「こっちも重傷。殺すつもりで乗っ取ってたみたいだ。まぁ霧神を消滅させようとしてい
た張本人だから、生きてただけ良かったのかな」
「少しタルタロスの意思を感じたんだえー」
「そうだね。それにしても……君の魂を産み出したのはタルタロスだ。親っていうなら彼が
親になるわけだけど。良かったね、君のお父さんを救えて」
しばらくして……包まれて静かな眠りの領域の中、タナトスはぶつぶつと何かを呟き始
めた。
すると――「要件を簡潔に述べよ、タナトス」
「タルタロスと彼を助けてくれないか」
「絶対神が個に救いを差し出すことは無い」
「そう言わずにさ。イネービュの手駒だよ」
「確かにイネービュの恩恵を感じる。しかしそれだけだ」
「タルタロスだっているし、ね?」
「散りゆく魂は再び作り替えられ、世界を揺り動かす。救う道理は存在しない」
「けち!」
突如聞こえた声は掻き消え、再び静寂が訪れる。
タナトスはがっくりとうなだれ、考えあぐねている。
「やっぱり駄目かぁ。ウナスァーって本当無関心だよね」
「一番奥深くに存在する神だえー。世界の流れにしか興味無いんだえー」
「そうするとネウスーフォか……やだなぁ」
二人がそう話していると……「タナトス……俺、どうなったんだ」
「おや、目が覚めたのかい? 魂に異常が無い証拠だね。気分はどう?」
「俺、霧神に負けたのか? 夕闇がみえる……あれ、目、見えるな。此処は鳥がいないか
らヒューメリーの領域か」
「いいや、負けてないよ。君に封印されてない?」
「……封印? あいつを封印したのか? 俺が? 神を?」
「だえー。多分、魂の器に飲み込まれたえー」
「ああ、もしかして取り込んだ順に引っ張られていくのかな。だとすると霧神は筆頭
かぁ」
「いないようだ。ホッとしたぞ。あんな神なんて取込んだら……いや、それはいい。あの
後どうなったんだ?」
「常闇のカイナっていう、君が話してた奴が現れた。どうやって姿を隠していたのか分か
らない。本来触れることも出来ない魂の器を利用された。あのままだと全滅すると判断し
て引いたんだ。君は魂の器に飲み込まれそうになった」
「確かに何か引っ張られるような感覚があった。それにずっと耐えていた記憶はあったん
だが、あれは霧神の攻撃じゃなかったんだな」
「うん。霧神の発動させていた魂の器はあのホムンクルスみたいな奴を上手く利用して抑
えておいたんだ。他にも方法はあったけど、都合よく利用出来たから」
「そーいや襲って来た奴は?」
「まだいるよ。小さくしてヒューにしまってある」
「だえー」
「その魂の器っていう攻撃をどう断ち切ったんだ?」
「断ち切れてないよ。領域に無理やり連れて来て、遮断させてるだけ。外に出ればまた
引っ張られるよ」
「何? じゃあ俺、此処から出れないのか?」
「うーん。それなんだけどさ。絶対神のウナスァーに相談しようとしたら、相談にもな
らなくて」
「ウナスァー……?」
「私を産み出した絶対神の一柱」
「会わせてもらえないか」
「一応やってはみるけど」
再びぶつぶつと何かを唱えるタナトス。
何度かやっていると……「いい加減にしろタナトス。このウナスァーを何度も呼びつけ
るな」
「あ、繋がった」
「あなたが絶対神ウナスァー? 思ったより若い青年の声みたいだ」
「何の用向きかと尋ねている」
「俺と……賭けをしないか?」
「ええっ? 君突然何言ってるの?」
「俺は此処から外へ出たい。帰りたい場所がある。あんたは絶対神。人や魔族の思い通り
になどならない存在。なら話は早い。願いを言うんじゃない。神が興味を持つことを掲示
するしかないんだ」
「話してみよ」
「うそ……信じられない。ウナスァーが興味を示した……」
「だえー」
「これから俺がそこに転がってるタルタロスと勝負する。俺が勝ったら外に出れるように
する。タルタロスが勝ったら俺は一生此処で暮らす。どうだ、簡単だろ?」
「タルタロスにたかが一介の魔族が勝てるはずなかろう。それにタルタロスは戦える状態
にあらず。それでは勝負になるまい」
「あんた、そいつ治せるんだろ? 神なんだよな。万全な状態にしてくれよ」
「一体何を考えてるんだい? ルイン。説明したよね。万全な状態のタルタロスに勝とう
なんて……」
「約束しただろ。それに一発殴りたい奴が他にもいる。俺の能力の一部……だよな?」
「あ……」
「それを行った結果何が生まれるというのだ」
「魂の器を回収出来るかもしれないな」
「魂の器はタルタロスが保持していよう」
あれ? タナトスの奴肝心なこと言ってないのか。
「奪われたみたいだぞ」
「……それもまた定めではあるが、よかろう。興に投じてみるのもたまにはいい」
「あはは……私、夢でも見てるのかな。ウナスァーが興って言ったよね、今」
「だえー。ターにぃがちゃんと説明してなかったからなんだえー」
突如としてキラキラとした砂のようなものが、倒れているタルタロスへと降り注ぐ。
一体どうやっているのか、皆目見当もつかないが、確実に人知を超えた存在であること
だけはよくわかる。
こんな力の持ち主とだけは敵対したくない。
「タルタロスは直してやった。神の目でその戦いを見させてもらおう。ネウスーフォにも
伝えておく」
そう聞こえた直後、タルタロスは膝を曲げず不気味に起き上がり、こちらをじっくりと
見回した。
「タナトス……上手くいったか」
「お早うタルタロス。上手くはいってないよ。魂の器、奪われて彼に使われちゃった」
「スイレン、だったな。良く覚えている。大きく育った魂よ。何時か相まみえると思って
いた」
「おっと悪いが感動の再会をするつもりはない。こっちは言いたいこともやらなければな
らないことも山ほどある。武器を取りな」
「……ああ、分かっている。奈落の管理者としてお前の相手をしよう」




