第八百六十八話 流星
ベリアルに怒鳴られ、渋々動き出すタナトス。
俺の言うことは聞かないが、ベリアルの言うことは素直に聞くな。
地面に這いつくばるタナトスは、何か妙な文字をその場に書き始めた。
何してるんだこいつは? いや、そもそも冥府ってのはこいつの住処があるような場所
だったか。
タナトスにしろヒューメリーにしろ慣れっこの場所なんだろうな。
俺は断じてこのような場所に住みたくはない。
居心地が悪いってより、見えない何かがうようよしてるなんて、怖……卑怯なだけだ。
「これでよし。仕方ないなぁ。此処で手を貸すつもりはないんだけど。先急いでくれなそ
うだしね」
「馬鹿言ってんじゃねえ。おめえが何をやらせようとしてるのかは、俺には想像つくんだよ」
「ふうん。君、随分変わったね。彼の影響?」
「うるっせえな! おいルイン。奴が書いた文字の上に魂の意識を集中させておけ。
俺も協力してやる。プリマだったな! そっちはおめえらで大丈夫か!?」
「プリマはずっと一人だったんだ。大丈夫に決まってる」
「だえー。手伝うんだえー」
「……もこもこしてて暖かい奴なら手伝ってもいい」
プリマは案外ヒューメリーを気に入っていたようだ。
無理もない。あの寝心地は病みつきになる。
タナトスは置いていってヒューメリーだけルーン国へ持って帰りたいくらいだ。
「何か変なこと考えてなかった? 君」
「いや。寝床は大事だよなってことだけだ。それよりそろそろか?」
「ああ。来るぜぇ。スピリットミーティオル。絶魔と星の力を使え!」
言われた通り絶魔状態となり、星の力を……ってどんな星の力使えってんだ。
これ以上質問したら頭を使えって言われるのは明白か。
えーと、見えない相手、斬れない、文字の上えーと、囲えばいいのか?
いや、もしかしたら食い尽くせってことか!
「両星の殺戮群……」
「おい、そいつじゃ食っちまうだろ! 捕縛するような術を使え!」
「先に言えよ。どうすんだこいつら……いや待てよ。捕食も捕縛も似たようなもんだろ?」
『全然違う!』
多方面から怒られた。なぜだ……いやいや、散々捕食してきたこいつらなら出来るはずだ!
「食わずに捕食し尽くせ! ヒトデ共!」
口だけのヒトデ共は全員てっぺんの頭を横に傾けた後、五つの輪となり
タナトスが記した文字の場所に立つ。
その滑稽な様子を見てベリアルも小首を傾げる。
「おめえ……何したんだ?」
「何って、命令……いやお願い?」
「能力にお願いってのは何なんだ……相変わらずデタラメだな、おめえ」
「頼めば言うこと聞いてくれるかなって。長い付き合いだからな、こいつらも」
「まるで人格があるみてえに言うんだな……いや、人格を構築してやがるのか!? それも
おめえがもつ可笑しな能力かもしれねえ……来たぜ! 三、二、一、行け!」
「捕食しろ!」
「……」
無言のままヒトデ共は口を大きく膨らませている。
どうやら何かは捕まえたようだが、その何かということしか分からない。
とにかくほっぺを全開に膨らませた子供のような形をとったままだ。
しかし捕縛したのは目には見えないようなもの。
これがスピリットミーティオル?
捕まえた実感が無いが……封印出来るのか、これ。
それにしても殺戮群ってちゃんと俺の意思をくみ取って動くんだな。
「ちゃんと封印出来たか……? 分かり辛い。一人じゃ絶対封印出来そうにないな」
「はっきり言ってそいつを封印した妖魔を俺は知らねえ。そいつの存在しか知らねえ」
「いいなー。それ、結構希少な能力を持ってるモンスターの部類に該当するよ」
「だえー」
「ほう。タナトスやヒューメリーがそういうなら、この冥府でもそんなに珍しいのか」
「そいつは馴染まなくても直ぐ技が使えるだろ、きっと。存在が能力みてえなものだ。試
してみろよ」
「ええっと……流星? 何だこれ」
感覚的に使えるのは分かるが……流星って赤星みたいな技名だな。
試しに使って……あれ?
「何だ此処は。一瞬で移動した? 瞬間移動のようなものか? いや、瞬間って程じゃな
いな」
流星というのを使用してみると、先ほどまで立っていた場所と大分離れた場所まで移動
していた。
これは便利だ。便利だがどうやって調節するんだろうか。
「流星! あれ、元の位置に戻らない。流星! ……流星! 流星!」
俺がビュンビュン移動しまくるのをぼーっと眺めるベリアルたち。
まともに行きたい位置に戻れん!
これ、使えるのかよ、本当に。しかも凄く疲れるぞ。
仕方なくとぼとぼと元の位置まで歩いて戻る。
「おいおめえ。能力に踊らされてやがるな……」
「ああ……その自覚はある。毎回こんなもんだよ」
「妖魔によって技は大分変ったりするからね。それにしてもおあつらえ向きの能力だった
んじゃない。使い勝手は悪く無さそうだ。空中にも行けたりするのかな?」
「封印出来たなら試すのは終いだ。あいつらも倒し終わったみてええだし、そろそろ先へ
進もうぜ」
いまいち使い勝手が分からないまま新たな能力を手に入れた俺は、戦ってくれたプリマ
を封印して先へ進む。
――そして「奈落が見えて来たね」
「冥府が妖怪百鬼夜行みたいなところじゃなくて良かった」
「奈落は案外その部類だぜ。タルタロスの部下がわんさかいやがるからな」
「そーいや先兵のアルチュウみたいな奴がいたな……」
「それ、先兵のアルケーのことを言ってるんだよね……」
「ああ、そんな名前だったか。出来ればあまり会いたくはないんだけど」
「……早速噂通りに現れやがったみてえだぜ」
前方を嘴で指し示しながら、ベリアルがぼそりとそう呟いた。




