第八百五十六話 ギガ・ネウス、真・重空槍
相対する相手が変わった瞬間、そいつは泥水のような姿となり、俺へ向かって来た。
形だけじゃない。本当に泥みたいな匂いがする!
「プリマ! 歪術で援護してくれ。汚い感じの相手は苦手なんだ!」
「出来ないんだよ。何でだろう、歪術が使えないぞ!」
「何!? くっ、ひとまず距離を離す! ベルドも気を付けろ! ……妖赤海星、大海嘯!」
少しベルドを巻き込んでしまうが、周囲に海水を放出する。
荒波に包まれた奴は、押し流されて壁のヘリへとぶち当たった。
「無理せず一度封印へ戻れ。此処は俺がやる」
「分かった。プリマの力、どうしたんだろう……」
ベルドはアルキオネウスの腕輪を用い、両手両足を肥大化させて戦っている。
巨大となった手から巨大な幻術を放出させているが、相変わらず器用な奴だ。
こちらの海水も察したらしく、海水に押し流されることなく身動きがとれている。
「げっ……壁にへばりつきやがった……」
押し流した泥水のソレは、壁伝いに半時計周りで俺へ向かってきている。
それなら……「ラモト・ショツェフ!」
青白い文字の炎が両腕に沸きあがり、それを壁伝いに迫り来る奴へと飛ばす。
それを壁へ移すと、真横に切れる斬撃のように青白い炎が泥へと向かう。
刹那、真っ二つに泥を切り裂き、切り口から青白い炎が沸き上がった。
しかし……止まることなく向かって来る。
氷で固めれば身動き取れなくなるか?
いや、ここは一つあれでいこう。
「ベルド! 範囲攻撃するから気を付けてくれ」
「……くっ。防戦一方だ。わかった!」
「ほう。邪鬼水泥をまだ防ぎ切っているか」
嫌な名前の相手だった。どうみても汚い。
汚物系相手の戦闘方法も近いうち二確立しないといけないか……。
腐ったゾンビとか出てきたら、俺は違う意味で死ぬ。
「スノーバウルスの技、この形態で使えばどうなるか……大雪崩」
俺を中心にして周囲一帯が大雪が周囲を押し流す。
その量は平常時の倍はあるようだった。
俺とベルド、そして多聞天の三人は空中にいた。
「うわぁーーー!」
「だえーー」
「行け、ベルド!」
「ギガ・ネウス。真・重空槍!」
「うぬぅ。この量の増雪術だと!?」
ベルドの量腕に併せて肥大化した巨大槍。
出遅れた奴より更に上空から、斜めに向けて巨大な槍を自らと一緒に打ち放つ。
「ふん。甘い……」
「ラーンの捕縛網、ウォーラス」
「何、壁が! しまっ……」
当然逃げようとする奴。
奥の手ってのは最後までみせないものだぜ。
ウォーラスに変化したラーンの捕縛網は、奴へと突き進み、周囲の壁と同様の
壁を奴の周りへと展開した。
「うおおおおおーーーーー!」
「ウヌゥーーーーーー!」
壁に挟まれながら、ベルドの槍を両手で白羽取りする奴。
地面は雪に埋もれたままだが……ベルドの槍は深々と雪を貫通し、奴の巨体を貫いてみ
せた。
「あれだけでは避けられていた。というよりこの手は二度目だったんだ。それにしても凄
い補助だった。まさかウォーラスを連れて来ていたとは」
「いや、これはウォーラスに似せたラーンの捕縛網だよ。あいつならもっと残酷な壁を作
り出すぜ。トゲトゲの壁とか、猛毒の壁とかな」
「へぇ……それってそんなことも出来る装備なのか。凄いな……」
と会話しているが、警戒を解いたわけじゃない。
先ほどの邪鬼水泥とかいう奴は、どうやら雪崩で外へ飛び出したようだ。
「あ……まずったな」
「どうした? 今のでさすがに奴は倒しただろう?」
「そうじゃなくて、タナトスとヒューメリーも一緒に押し流したわ……あははは……」
「ああ、あの二人なら大丈夫だろう。何せ管理者って言って……なっ!?」
ベルドが話終えるまでもなく、雪の下から深い傷を負う多聞天が出て来る。
相当な傷を負わせたが……いや、そもそも相手が神ならどうすればいいんだ。
「やりおる。抜かったわ」
「おいあんた。あんた自身神なら倒しきることなんて出来ないだろ。どうしたら俺たちの
勝ちなんだよ」
「満足するまでに決まっているだろう」
「満足って……んじゃ今ので満足したよな」
最初から嫌な予感はしていた。
何せタナトスは冷たい。そしてきっとこういう微妙な嫌がらせが好きなんだ。
「……最初から勝ち目なんて無いってことか……くそ、ここで足止めされているわけには
いかないというのに」
「ふむ。今の一撃はなかなか良かったぞ」
「あれは二度目なのに。こいつ、前の戦いを覚えていないのか?」
「恐らくそうなんだろう。この戦いが終われば俺たちのこともきっと覚えていない」
「何故、そう思う?」
「赤閃!」
俺は天井に向けて赤閃を放つ……すると、奴は急いで飛び出し、それを防いだ。
「あんたの本体はこっち。とはいえそっちも本体なのか」
「……この天井は神聖なもの。傷つけるような真似はするでない」
「壁が本体なのか!?」
「いいやどっちも本体だが、こいつらは恐らく永久機関だな。その代わりこの壁から離れ
ることが出来ない存在なんだろう。ベルド、さっきの攻撃でお前の勝ちは間違いない。後
は俺が処理するから」
そう言って、ベルドが一度外へ落ちたと思われる場所を指し示す。
「……全く君は無茶をする」
「俺としてはさっさと戻りたいし先に進みたいんでね。何せやることが多くて」
ベルドの移動を確認してから天井の奴をみる。
再度こちらの攻撃に備えているのがよく分かる。
「小僧、一体何をするつもりだ」
「名乗ったろ。俺はルインだ。もう……時間が無い。悪いが茶番は終わりのようだ」
この力、制御すると極端に能力が落ちているのは実感している。
解放すれば周囲を切り刻みかねないもの。
周りに誰もいない方が、都合が良い。
「最大級の力を身に受け、塔諸共沈め」
「ぐぅ。まさかこの塔ごと破壊するつもりか! させん!」




