第八百三十七話 ビローネ対ルッツ
「皆さん! ご静粛にしていただけると嬉しいです!」
イビンの良く通る丁寧な言葉が場内に鳴り響く。
今や屈指の人気となったイビンの司会進行。
この選択は実に正しかった。そして、引き立ててくれたセフィアさんもある意味グッ
ジョブだ。
会場内は徐々に静まり始める。
「大変長らくお待たせ致しました! 闘技場の修理も終わり、いよいよ本線の開始です。
本線開始前に前試合について、皆さま大変見ごたえがあったかと思います。こちらの試
合、皆さまの目にはツイン選手が勝ったと思われた方も多いと思いますが、審議の結
果、両者共に不適切な武器使用とみなされ、本人たちの合意次第で再戦を行うこととなり
ました!」
『ワァーーーー!』という大歓声が巻き起こる。
「つきましては、そちらの試合が初戦最終戦となりますので、可能であれば明日、執り行う
予定です。それでは前半二試合、お楽しみ下さい! 選手の入場です。初戦では実力を見せ
ず相手を翻弄して落としたビローネ選手! 対するは、片目を覆うウェアウルフのルッツ選
手です!」
闘技場に上がると、二人は目を合わさずそれぞれ違う方向を向く。
ルッツは長銃のようなものを持ち、ビローネは特に何も持たず、紫のキャロットスカー
トにブラウス姿で長い髪は結ばず下ろしている。
それぞれの選手が違法な武器を所持していないか確認する作業を待つイビン。
その光景を見ている最中、タナトスは俺に話しかけて来た。
「君はどちらが有利に思う?」
「そうだな……ビローネが強いのは分かっている。あいつがテンガジュウと遊んでいるの
をみたが、テンガジュウが防御寄りの雷使いに大して、ビローネは攻撃寄りだ。当然ベル
ベディシアからすればかな
り劣るだろうけど」
「そう言うからには、電撃がどうしたら強さが増すか知ってるんだね」
「ああ。抵抗と電流の強さだが、式としてではなく仕組みとして理解するには骨が折れ
た」
これは生前に記憶したことだが……この世界でそれを知るのは至難だろう。
幻術は特にイメージが大事だ。
きっとビローネ、ベロア、ベルベディシアは雷による何かしらの関わりがあるのかも知
れないのだが……突っ込んで聞くつもりはない。
「幻術で何故もっとも使い手が少ないのが雷系か。それは想像のし辛さ。それは知識の深
さと才能、双方を必要とする」
「そうなると……あいつらは知識も深く才能もあるってことか」
「その通りだが、あいつらというのはあの対戦相手、ルッツも含まれるね」
「何? あいつも雷撃を使えるのか」
「対雷には使わないだろうけど、恐らくあの武器……嫌な相手だ」
タナトスはそう告げると、少し退屈そうに空を見上げていた。
こいつはつかみどころが無い……「間もなく試合開始です!」
合図と共に動いたのはビローネ。束ねていない髪が徐々にピンと上へ伸びていく。
ハリセンボンのような鋭い針の集合体であるかのように髪が上がると、バチバチと紫の
稲光を発し始める。
「あれ、やばくないか」
「よく言うね。君、あれ以上のものを私にぶつけたのに」
「覚えてないなぁ……」
「まぁ無理も無いか。君を殺してもおかしくない力で止めたんだし」
「そっちの方が酷くないか!?」
「撃つよ!」
逆立った髪から紫色の雷光が迸り……ルッツに向けてその髪一本一本から紫の電撃が走
る!
「雷髪!」
「あんなの避けられるはずない!」
「いや良く見てみるんだね。彼の足下」
足下? そうか、あれは……。
無数の細い雷撃がルッツを貫くが、その雷撃は貫通するのではなく地面のアーティファ
クトへと流れていく。
ルッツの足下は土斗でも使用したのか、足場が既に完成している。しかしそれだけでは
無い。
突き刺さったルッツ……だったものが黒焦げと化しているが、あいつは自分自身に薄い
膜のようなものを張り、それを防御用具として用いれるようだ。
出来た膜は実体と見分けがつかないほど精工だが、中身はスカスカなのか?
しかし、あれはやり辛い。仕込んでおいていつでも脱皮のように剥がせるなら、厄介な
能力だ。
「電撃の欠点って何だと思う?」
「直線にしか攻撃出来ないのと、周りを巻き込む……か?」
「それもあるね。そっちはあんまり気にしたことないな。別に周りを巻き込んで死なせても
問題ないから」
「お前、人は殺さないんじゃなかったっけ?」
「やだな。戦闘においてはその限りじゃないだろう。相手も殺す気なんだし」
「まぁ、それはそうなんだが……」
「雷撃は自分の攻撃が見辛い。相手を確実に仕留められる方法だから、あんまり確認しなく
ていいというのもあるんだけどね」
「確かに雷を飛ばして当てたら、その威力にもよるが、こっちが圧倒的に有利だからな」
「そう。彼女はとても強い。でもそれは……雷撃を弱めないが前提。その上で雷帝やテン
ガジュウに守られているからこそ」
「ダーティバレット、終わりだぜ」
「キャアーーーー!」
雷髪がヒットしたと思い油断したビローネは、あろうことか雷帝の方を向いていた。
そこへ上空へ飛び跳ねたルッツが、ビローネの髪目掛けて何かの弾を発射。
あれは……汚水か? 可哀そうに……女性にあんな汚い水をぶつけたら、後が怖いだろ
う。
しかし不純物が多いほど電気は流れやすい。
あの電撃は髪先で帯電してあるのか?
自分の能力で調整が効かなきゃ下手すりゃ死ぬ。
……いや、初めからあいつは誰かが死んでも構わないという戦い方だ。
勝ち上がりでぶつかったら気を付けて戦わないといけない。
そういえば、ビーは平気だろうか……いや、レナさんがついてる。
きっと平気だろう。
「ビローネ選手、場外に出ました! ルッツ選手の勝利です!」
「一言、よろしいかしら」
「雷帝様!? ど、どうぞ……」
「あなた、ちゃんと掃除して帰りなさい! でないとテンガジュウに掃除させるわ!
させるのよ! させるのね! させるに違いないわ!」
「えぇ? 俺、次の試合なんだけど……」
「我が君。あのような汚いもの、係にやらせればいいのです」
「……痺れた……」
「ではわたくしが掃除しますわ……」
「おやめください!」
あいつら、またやってんな……。




