第八百三十三話 死の管理者とは
「闘技大会ぶりだね。実に煩わしい奴らが多くてなかなかこうして君を誘えなかった」
「ここは……俺を一体何処に連れて来たんだ。神兵と名乗っていたが、あんたがタナト
スで間違いないんだろう?」
俺はベッドの上で寝ていたはずだ。
だが、ここは既に治療室のベッドじゃない。
夕闇に染まる枯れ果てた森のような場所。
上空からは黒い鳥が無数に俺を見下ろしている。
その先にはテーブルと椅子があり、木の椅子に腰かけ、茶をすすっている男がいる。
初戦のバトルロイヤルにいたあの男。
そしてその傍らには織があり、頭飾りの女性が閉じ込められている。
まるで死んでいるかのように動かない。
ゆっくりとその場から起き上がるが……ほぼ裸に近い格好だ。
俺の恰好が場に似つかわしくないのを見てか、黒衣を一枚俺へ投げて寄越す。
「それに着替えたらこっちの椅子に座ってくれ」
「もし断ったら?」
「大丈夫だ、君には何もしない。そんなことをすれば他の管理者に何されるか分からない
からね」
「……分かった」
黒衣に着替えると……明らかに可笑しな素材で出来ているのが分かる。
これは……「心配しなくていい。身に着けたからといって死んだりしない」
「ああ、そういう心配はしていない。俺を殺したところで何の損得もないだろうから
な。それよりこの素材……」
「君の知る世界のものをエーテルに付け込んだ素材。違いが分かるかい?」
「これ、まずくないか」
「まぁいいから。今は早くこっちへ来なよ。それも必要なことなんだ」
着替えてからテーブルと椅子の方へ近づくと、頭飾りの女性は生きていることが分
かる。
こいつが連れ去っていたのか……この女は何者で、こいつは一体何しに来た
んだ?
気になることだらけだが、ひとまず危害を加えるつもりはないらしい。
椅子に腰を掛けると、黒色の飲み物を差し出してくる。
「何だ、この飲み物」
「ブラックティー。美味しいよ」
ブラックティーと聞くと、本来紅茶を連想するのだが……これは明らかに黒い。
まるでブラック珈琲のような色だ。
しかし香りは悪くないが……こんな怪しいもの、飲んで平気なのだろうか。
「管理者っていいだろ? こういった領域を構築出来るんだから。この能力はゲン神側の
管理者より優れていると思うね」
「ゲン神側の管理者? 一体どういう……いや、それよりもあんたの要件を言ってくれ」
「君に着せたその黒衣ってところかな。他にもあるけど」
「……これ? こんなものを着せるために俺を可笑しなところへ連れて来たのか?」
「そう。君はこちらの獲物。あっちには渡さない」
そう言いながら織に入れられている頭飾りの女性を指し示す。
「獲物ってことは俺を殺しにきたのか」
「違う違う。死を司る管理者が誰かを殺したりなんかしない。獲物って言い方だと分かり
辛いのかな。標的……同じ意味か」
「だから、一体何のために……」
「おっと。それに君はもう気付き始めているんじゃないのかな」
「俺が気付き……あんたも俺がカイオスの生まれ変わりだとでもいいたいのか」
「その通り。カイオスの死がどうだったのか、知りたくない?」
「それは、知りたいが……あんたのその顔。冷徹な目。他の管理者とまるで違うその表情
に、少しぞっとする」
「ふふふ、いいね、その顔。鋭い読みと勘。私は四人の管理者で最も冷酷だ」
「その冷酷な奴が俺に見返り無く何かを教えるわけがない……か。アルカーンは時計を望
み、ブレディーは光を求めた。タルタロスは俺にベリアルを託し……あんたは俺に何を望
むつもりだ」
「ふふふ、やっぱり大きな勘違いをしているね。君の魂そのものの根本はベリアルだよ」
「……どういう意味だ」
「誰かに聞かなかったかい? タルタロスによって魂を移す先を変えられたと。君の器は
ベリアル。ベリアルが本体。君の方が……分体だったんだよ」
確かにそんな話を聞いた。それじゃそもそもこの体で目が見えず苦しむのはベリアルの
方だったってことか? それがベリアルの罪だとでもいうのか。
「君ら二人はやがて知り合い、破壊の限りを尽くす魔として君臨するはずだった。それも
必要なことだからね。死の螺旋のためには」
「ふざけるなよ。俺も……ベリアルだって好きで戦ってるわけじゃない」
「だからタルタロスは捻じ曲げた。ベリアルの魂を裂いて、カイオスの家系である君を用
いて。神々にはばれないようにね」
「つまり、絶対神すら俺がカイオスの家系だと知らない……?」
「その通り。いや、イネービュだけは気付いているかもしれないね。今君に与えた黒衣は
それを隠すものだ。君がこれ以上誰かに、カイオスの家系と悟られることがないように
ね」
「それはあんたの意思で……なのか?」
「まさか。私は確かめに来た。依頼を受けて。半信半疑だったよ。だが、確定した。君は
間違いなくカイオスの家系だ。依頼者はタルタロス、ネウス。といっても、もう会えない
だろうね」
「どういう意味だ。俺はタルタロスこそ諸悪の根源かと考えていたのに」
「いいや。彼はひたすらに君を見守り、助けようとした唯一の救い手だろう。君、破壊神
になりたかったかい?」
「そんなはずは……なぁ、あんた死の管理者だろう? 人は、魔族は、獣は死ぬと、誰に
その道を決められるんだ? 死って一体、何なんだ」
「それは生物が理解出来るものではないよ。君たちは自由に生きるといい。自らの成した
いこと。思う通りに進めばいいだけだ。死について考える必要などない。その先にあるも
のは我ら管理者の役目だ。そうそう、君の娘……彼女は既に管理者ではないから安心する
といい。賢者の石を宿しているようだが、深淵から覗く程度の特殊能力となるだろう。そ
の程度であればスキアラも許すだろうし」
「……今日は一度に色々なことがありすぎた。もう帰してくれないか」
「待った待った。まずは茶を飲んでくれ。これからが大事な話だ」
「分かった飲むよ……見た目と違って結構美味いな。少し甘みも感じる」
真っ黒い茶を飲みながら、もう少しだけ付き合うことにした。
「君とメイショウを戦わせたのは私の手によるものだ」
「なんだと? 大会の対戦相手はランダムに決まるように設定したんだぞ」
「案外簡単だったけどね。ほら」
眼前に数字を表示させてみせるタナトス。
数字を光で屈折させてるのか? くそ、こいつの能力がさっぱり分からない。
「戻ったらまた検討しないとな……それで、なぜ俺をメイショウと戦わせた」
「君を覚醒させるため。バランスを崩し、他の絶魔王を刺激するためだ」
「それなら目論見が外れたんじゃないか。俺は覚醒してない。絶魔王とやらにもなって
いないだろう?」
「引っ張られて制御が掛かってるのさ。もうじき、出てくるから」
「はっ? 何が出て来るって……」
すると、ボトリと俺の黒衣から何かが地面に落ちて来た。
……何だ? これは。まさか、幻魔と闘魔の宝玉か?




