第八百三十一話 血鬼魔古里の詩歌
「わたくしは血詠魔古里という古の魔族ですわ。あらゆる血液から
他者の情報を知り奏でることが出来ますの……そしてやはり、あなたは……」
「血詠魔古里? 随分と変わった魔族名だな。それでどうだったんだ、俺は一体何者なん
だ」
「随分と、神に嫌われていたようですわね。いいえ、それでよかったのかもしれない。あ
なたは災厄の神に前世で酷い目にあわされていた。血詠魔古里の誌歌、聴くのだわ、聴く
のよ。聴くのね。聴くに違いありませんわ!」
「俺様も聴いてみてー。歌は好きだぞ」
「ああ……それで俺を知れるのならば」
詩歌で奏でるその者の姿……か。変わった能力だ。
だが、有難いことだ。あの雷帝自らが行動するとは。
巡り巡る魂の礎。あなたは地に伏してなお見染められる。
歪んだ祖の手に身を委ねることしか出来ない運命。
振り払って、振り解いても纏わりつくの、あなたの心に。
そんなあなたの魂を救おうと、ただ一つの者が、あなたの手をつかむ。
なぜ彼を苦しめるの? なぜ……? 彼を解き放たないの。
彼が一体、何をしたというの。なぜ……? もう手放してあげてよ。
なぜ? 苦しめねばならないの? なぜ……終わることなき悲しい思い。
私が彼を救うから――お願い。
終わらせて、あげてよ。
本当の彼は、ただの人だったのに……。
今の彼はもう、交わる赤紫のような……人と魔へと変わった。
「これが、わたくしがあなたから感じた違和感。その誌歌よ」
「……」
俺の塞がった目からは、涙がこぼれ落ちていた。
前世で幾度も聞き、最も愛した歌い手、鄧麗君のような、美しい歌声だった。
歌には魂がこもると言うけれど、俺の魂は、雷帝ベルベディシアの誌歌により
強く揺さぶられた。
俺の魂は人。その違和感をベルベディシアは感じ取った。
そうだ。俺は……元々ただの弱い人間。
それでも今こうして生きていられるのは、魔族であるからこそだ。
「あなたは既に、妖魔でも、幻魔でも、人間でもないのですわ。悲しい過去を背負う
人と、魔を超越した存在。それがあなたですわね」
「そいつを呼ぶとしたら何て言うんだ? 俺は……哀れな、小さな存在か?」
「いいえ。わたくしの誌歌にある、ただ一つの者があなたを救う。それが答えですわ。
あなたは救われた。神に嫌われ……そして、神に愛された。あなたは今、不幸かしら?」
「いいや。幸せだと確信している。例え今この目が見えずとも。神なんて関係ない。今こ
の場所に、メルザが、カルネが、仲間がいてくれる。それ以上の幸せなんて無い」
「いい答えだわ。わたくしが何故リンを追うのか、教えてあげましょう。わたくしはね。
リンに守ってもらったのよ。神兵ギルティの手から。本当に死ぬ寸前だったのですわ。あ
の頃のわたくしは弱かった。魂吸竜からみても、目に留まらぬ程度の魔族だったでしょう
ね。絶対神は戦いを止めたかった。結局暴走し続けたのは神兵。もう彼らを止めることは
絶対神にも出来なくなっていたのですわ。それ程、力に魅入られた。元々は人間の魂を持
つ者。無理も無いのですわ」
「それで絶対神は、アルカイオス幻魔を大事にするのか……」
「そうですわ。全ては仕方が無かったことと、後ほど理解したのですわ。でも……それで
納得がいく者たちばかりではないのですわ。いつまでも下らない争いを繰り広げる馬鹿な
絶魔王たち。わたくしは嫌なのですわ……それであなたの中には、全部で三つの形がある
のよ。あるのね。あるに違いないのですわ!」
「あ、ああ……幻魔と、妖魔と、人だろ?」
「いいえ。先ほども言いましたわ。あなたは魂が人。肉体が妖魔。封じられたベリアルの
力がゲン神族の古代種の魔族。それはあくまで肉体と魂の話ですわ」
「それ以外、俺に何があるっていうんだ?」
「あなた本来が持つ、神が嫌う力……ですわ。その一つは分かりましたわ」
「神が嫌う力? それのせいで俺は、前世から不幸だったと?」
「その通りですわ。あなたは、どれほど追い詰められようと、神が砕けなかったものがあ
るのですわ」
「俺様、それ、分かるぞ。ルインは、いつも他人のことばかり気にしてるからな。自分を
犠牲にしてよ。いっつも周りのことばっかみるんだ」
「……やはり、わたくしはこの子が好きなのかもしれないわね。リンと同じような真っす
ぐなところがありますもの。その通りよ。あなたは誰よりも見えている。その見る力は与
えられたものではないのですわ。あなた自身が培ってきた力。魔と人が結びついて発現し
たもの。それを、この子の優しさで火がついたもの。あなたの感情が左右しているだけで
すわ。自信を持ちなさい。あなたは……きっと一人でも、もっと強くなれるのですわ。こ
の雷帝ベルベディシアが、その力を保障してあげますわよ」
「雷帝、ベルベディシア。感謝する。その歌声にも、その気遣いにも。そして何より……
メルザを気に入ってくれたことに」
「わたくしは守ると決めたのです。その目はきっと、もう直開くのですわ。少し、話過ぎ
たかしら。それではわたくしはそろそろ」
「少し、待ってくれ。礼を……いや、礼というより望みだ。この曲を、歌ってくれないか」
俺はある曲をベルベディシアに歌ってみせた。
聞き終え、真似るベルベディシアの歌声が、静かに治療室へと聴こえる。
きっと先生も、他の患者も聴いているだろう。
そして……この歌声で涙せぬ者など、いないのではないだろうか。
「いい誌歌ですわね。気に入りましたわ。テンガジュウやビローネにも聞かせてやるとし
ましょう。それでは今度こそ行きますわね。さぁ女王、一緒に行きますわよ」
「えぐっ……うう、でも、俺様ルインを……」
「メルチャ、めー、帰る、一緒」
「わかったよ……ルイン。また来るからよ」
「ああ。メルザとカルネをよろしく頼む」
メルザ、カルネ、雷帝が部屋から出ると、入れ替わりで誰かが入って来た。
「いい歌声でした。病室ではお静かにと言いたかったのですが、あれでは逆ですね。
もっと歌って欲しいくらいです。心の安寧は何よりの薬ですから」
「シュイオン先生か。俺の目、どうだ?」
「あなたの目に関して、私から言えることはただ一つ。見えているのが可笑しい状態で
す。先ほどの話を外から聞いておりました。すみません。ですが私が考えるに、ルイン
さんが見えるようになったきっかけと、彼女が言うルインさん自身の力というのがどう
も引っかかってしまって。もしかするとルインさんは、その幻魔の宝玉という力に弄ば
れているのではありませんか?」
「……! 考えてもみなかった。いや、或いは……まさか……だがそれなら辻褄があう」
「私も目にしましたが、ウガヤという者がどんな者だったのか。それを知る術はありませ
んか?」
「古代樹の図書館で確認したときは、万物を生み、福を、あるいは死を生む龍神の化身。
幻獣を生み出す。幻獣の創造神……として書かれていた。そしてこいつはアルカイオス幻
魔だった。魂を作り替えられ幻獣界に? しかし……俺の前世には関係無いだろう?」
「それはわかりませんよ。もし魂の根幹が、そのウガヤに連なるものだったとしたら……」
「俺の……魂の根幹? まさか、俺がアルカイオス幻魔の誰かに連なるものだとでも? そ
れなら地球は……いや、待てよ……カノンの歌。発祥の地は、まさか……キゾナ大陸
か」
嫌な場所で繋がってしまった。
ロキの狙いはそこか!?
あいつはまさか、俺が本当の意味で何者なのか知っているのか?
もしかしたらベルベディシアも先ほどのやり取りで知ったんじゃないのか。
ウガヤが目をつけるような魂。
まさか……。
「俺が、カイオスだとでもいうのか……」




