第八百三十話 魔の真実は
雷帝、ベルベディシアが医務室を訪れる少し前。
――らしくない。ずっと、自分らしくない。
ベリアルの声が聴こえなくなってから、自分を半分失ったようだった。
覚者の言葉に苛立ちを覚え、自分を失う。
先生にしろ師匠にしろ、笑われてしまう。
安い挑発に乗るな……と。
戦いで冷静さを失えば敗北を意味する。
あの戦いは……俺の負けだ。
もっと自分の力で上手く立ち回れた。
魔を覗くな……あれはただの警告ではないのだろう。
それ程、危険な力。扱い方を覚えなければ、周り全てを破壊する力かもしれない。
「ルイン! ルインーー!」
「女王様。病室ではお静かにといつも言っているでしょう?」
「先生、それは無理だ。女王はあいつに何かあると直ぐこれだぞ」
「困りましたね……はい、消毒はこれでいいですから。カルネちゃん。女王を止めて
あげてくださいね」
「うん。メルちゃ、めーする」
「いい子です。ルインさん似かな?」
「酷いぞシュイ先生。俺様だっていい子だぞ!」
「では、ちゃんとお静かに。包帯を巻き替えてもらってもいいですか? まだ意識は無
いと思いますから」
「わかった。やってみる」
……そういえば決勝、見られてたんだった。
女王を一番守らないといけない俺がこの様だ。
情けなくて涙が出てきそうだ……。
「ルイン、入るぞ……やっぱ寝てるな」
「……いや、意識はある。だが、目が開かないんだ」
「またか。もうその力つかわねーほうがいいんじゃねーか。俺様心配だぞ」
「ツイン。お鼻、お鼻」
「カルネダメだぞ……傷とかは大したことねーな。あの二人静っての、新技だろ?」
「それより、俺の体、可笑しくはないか。黒い翼とか、生えてないのか」
「なんともねーぞ。戦ってるときそんなの見えた気がしたけどよ。かっけーってより
ちょと怖い感じのやつだったな」
「そうか……なぁメルザ。俺は……」
「けどよ。ルインはルインだからな! あんまり怖くなるのはちょっとやだけどよ。それ
でも俺様のルインだ! にははっ」
「カルネ、怖くない。ツイン、お鼻」
「……聞く必要なんて、ないよな。メルザは昔からメルザのままだよ……」
「なぁルイン。俺様が居ない間、寂しかったか?」
「メルザのことは、ずっと考えないようにしてた。半年があまりに長くて……でも、その
間俺は助けられてばかりで。多分俺はアースガルズで死んでいた。それほど、オズワルは
強かったんだ。さっき見せた力はそのときの力だ。そして、死にかけた俺を助けたのは俺
の中のもう一人」
「ベリアルって奴だよな……じゃあ俺様が今度はその、ベリアルってやつを助けねーと」
「メルザが、ベリアルを助ける?」
「ああ。だってそいつがルインを助けてくれたんだろ? だったら親分の俺様が礼をして
やらねーといけねーだろ? どうやったら会えるんだ?」
「俺の、魂の片割れなんだ。だから俺じゃないと……」
「だってルインじゃねーんだろ? だったら俺様にだってそいつを助けられるんじゃねー
か?」
「あ……」
気付いてしまった。
また自分が自分だけで解決しようとしていることに。
全て一人で抱え込もうとしていることに。
我が主はいつも俺に気付きをくれる。
俺がメルザに強く惹かれるのは、そういった自分に無いものを持っているからかもしれ
ない。
他の仲間とはどこか違う、俺の内側に眠る者にまで慈しむ心。
それが……メルザだ。
「有難う。何か少し、肩の荷が降りたよ」
「へへっ。俺様はルインの親分だからな。さて、包帯を変えるぞー。服脱がせるからな。
よいしょっと」
「わわっ。全部脱がせなくてもいいって。上半身だけ……」
「ななななっ! 破廉恥ですわ! 破廉恥ですのよ! 破廉恥ですわね! 破廉恥に違い
ないのですわぁー!」
「ななっ。電撃ねえちゃん!? なんでいきなり入ってくるんだ!?」
おや、誰か来たのか。なんて間の悪い……あんまりシュイオン先生の下で騒ぐのは止め
て欲しい。
病室っていうのは静かにするものだ。
……入って来たのは雷帝、ベルベディシア。
盟約を結んで以来、しょっちゅう領域へ来てリンドヴルムを追いかけ回す、絶魔王。
魂吸竜ギオマと並び、領域を出入りする中でも三本の指に入る実力者。
今の俺では太刀打ち出来ない相手の一人だ。
しかし暴れることはなく、こちらの言うこともちゃんと聞く。
ある意味ギオマより大人しい。ギオマは突然暴れたりするから少々困っている。
彼女の話では、俺たちの能力を調べる術があるそうだが……今の俺は目が開かないので
何をしようとしているのかさっぱりわからない。
幻魔のことや妖魔のことも知っているようだが……こいつもギオマと同じく太古から存
在する魔族なのだろうか?
「それでは質問ですわ。魔族について、どれほどのことを知っているのかしら? 正直に
答えなさい」
「俺様はよくわからねー。ルインが妖魔で俺様が原初の幻魔ってことくらいか」
「無数の魔族が存在し、神の手により造られた亜人の一種……じゃないのか?」
「多少は理解しているというだけの答えですわね。いいかしら。まず絶対神とアルカイオ
ス……いいえゲン神族によりこの世界は成り立っているのですわ。ゲン神族は元々ゲン
ドールに住まう神族。ゲン神族により創造された太古の種族こそ原初の幻魔。その後幻魔
は模倣され、絶対神スキアラの持つ管理者により創造されたのですわ。これはなぜか分かる
かしら?」
「アルカイオス幻魔の大半を滅ぼしたのが、スキアラの手の者に寄るから……か」
「そうですわね。神兵ギルティによる惨殺。彼の者は封じられて久しいのですわ」
「神兵ギルティ……聞いたことが無いな」
「当然ですわ。原初の頃の話ですもの。管理者は管理出来なかった罪を償うためか、幻魔の
住む世界を構築したのですわ。それが幻魔界。あなたが連れ歩くあの者たちの世界ですわね」
「なぜアルカイオス幻魔をそいつは惨殺したんだ?」
「ゲン神族との対立。これは侵略者である絶対神には避けて通れないものだったのですわ。
ゲン神族側は新たな魔族を構築し、地底に、地上に派兵し対抗たの。けれど絶対神の勢力は遥
か上をいく存在。かたや互いに協力出来ないゲン神族側は破れ、世界は今もなお争いに満ちて
いるのですわ」
「俺様、むつかしくてよくわからねー……」
「これはメルザに聞かせる内容じゃないかもしれない。少し……いや、傍にいてくれ……
雷帝ベルベディシア。こんな話をするってことはまさか、あんたや俺の中に眠るベリアル
は、ゲン神族側の魔族ってことか?」
「あら、察しがいいですわね。その通りですわ。でも一つ言いますわ。妖魔は絶対神の手
により造られた魔族ですわ。つまりあなたの本質は絶対神側の魔族。けれどあなたからは
どう考えてもゲン神族側の魔族が持つ特有のものがあるのですわ。それが先ほどメイショ
ウとの戦いでわたくしが感じた違和感ですわ。あなたは一体何なんですの?」
「俺にもよくわからない。親も、兄弟も、何もかも。その答えは地底にあると思っている。
イネービュに聞いても確信は得られなかった。タルタロス……全ては奴が握っていると
思っているのだが……」
「わたくしがある程度は調べられます。無論兄弟や親族のことなどわからないですわ。
ただ、あなたがどのような魔族であるか……それはわたくしが調べられる。少しだけ血を
もらいますわよ」
「なっ!? ダメだぞルインから血を吸うなんて!」
「何を言ってるのかしら。わたくしは血を数摘もらうだけですわよ」
「メルザ。大丈夫だ。こいつは絶対変なことはしない。指先を」
人差し指を前方に突き出すと、わずかな痛みと共に血が垂れる。
それをどうしているのかは見えない。
「これは……鉄分が少ないですわね!」
「……何の話だ? まさか飲んだのか?」
一体ベルベディシアは何の魔族なんだ? くそ、見えないから余計気になる……。




