第八百二十六話 じっとなんてしていられない
「さていよいよ始まります! 決勝はトーナメント方式で行われます! ここで参加者の
発表をイビンがお届けしますっ! 僕、凄く緊張する方だけど頑張ります」
すっかりファンが出来たイビンに熱い歓声が沸き起こる。
「一人目は、電光石火で相手をなぎ倒す、耳が可愛いプリマ選手! 歪術という特殊な術
を用い、対象を不動状態にしてしまいます。そのまま歪ませると相手は死に至る恐ろしい
術だそうです。ぞーっ……」
周囲からざわついた声が聴こえる。
「次にアメーダ選手! 強力な幻術を駆使出来る選手です。一回戦では強者がひしめいた
組み合わせだったんだけどなぁ。苦戦しながらも猛者を倒してしまいました! 注目の選
手ですっ!」
今度は熱烈なコールが沸き上がる。ファンが多いようだ。
「続きましてジェネスト選手。こちらも強者が偏りましたが、王女にいいところを
見せるとはりきっておりました! 美しい六指の剣士! 恰好良いです!」
アメーダ以上の歓声が沸き起こる。どうやら騎士道精神の受けが良いようだ。
「そして! 我が国でも数少ない能力を持つツイン選手! 既に不思議な力を目の
当たりにした人もいるでしょう! 僕の憧れの選手です!」
辺りからは笑い声が少し漏れると同時にざわついた声も聞こえる。
「イビン。時間が押してるからここからは私がちゃっちゃと説明するわ。
残りの四選手はビローネ、テンガジュウ、ルッツ、メイショウ。
初戦はツイン対メイショウよ」
「うぅ、僕の司会がぁ……」
わははという声が大きく聞こえるが、会場全体早く初めて欲しいムードに包まれている。
いよいよトーナメント戦一回戦が開始されるまで残り十分を切っていた。
「初戦でメイショウ……覚者ね。やれやれ、出かけてゆっくり茶を飲む暇も無いか」
「ツイン、お鼻、お鼻……」
「試合前に取れたら大変だろ、カルネ。お母さんといい子にしててくれよ。ちゃんと
勝ち上がって来るからな」
「危険。ダメ、あれ、危険」
「……カルネ。お前の目にはそう映るのか……俺の目にはよくわからない相手にしか
みえないんだよ」
「でも、ツイン、強い」
「そうだぞ。カルネのツインは強い! それじゃメルザ、行ってくるよ。クリムゾン。
十分警戒はしておいてくれ」
「殿方殿。もう失態はしません。それに……」
「我ら四幻全て揃っております。アルカーン殿もこちらに」
「貴様に少々話がある。試合が終わったら俺の下へ来い」
「俺も少し聞きたいことがあります。では……」
トーナメント戦からはメルザたちにも席を用意して見てもらうことになった。
とはいっても外から見えるような場所じゃない。
いつ空賊とは違う賊がくるともわからない。
十分危惧しておかねばならないだろう。
「ツイン選手、リングへおあがり下さい」
「ああ」
トーナメントで使用するリングは一つのみ。
選手たちは全員見ていて構わない。
決勝ともなるとさすがに全員試合を見に来る。
「出来ればあなたとは最後に戦いたかったのだが」
「最後? 俺、勝ち上がれないんじゃないかな。テンガジュウやビローネと
対峙したら、さすがに今の俺で勝てる自信がないんだけど」
「……だからですよ。ここで私とあなたが対峙したら、或いは……」
「どういう意味だ? 何を言ってる。お前は一体……」
「いえ。出来れば魔を覗かず、戦っていただきたいものです」
「それは、難しい話だな。俺は魔族。妖魔のルイン・ラインバウトだ」
「あなたは危険だ。出来ればずっと、この大陸でひっそり暮らしていて欲しかった」
ひっそりと暮らす……ね。それが出来れば苦労はしない。
失うものを取り戻そうとすれば行動に転じるのは必然。
無くしたものを諦めず探すなら、それは既に行動しているのと同じ。
静かに誰かの手助けを待つだけじゃダメなんだよ。
俺が動いて守らなきゃいけない。
もう、前世とは違うんだ。
「俺は俺が成したいことのために動く。じっとなんてしてられるか!」
『試合開始です!』




