第八百二十三話 ラーンの捕縛網が持つ力
――元ベッツェン上空。
報告にあった通り三機の乗り物が停泊。
うち一隻は確かにでかい。
周囲にいる奴の恰好はどう見てもまともじゃない。
武装している奴が八割はいるだろうか。
この周囲はモンスターが多く出現するからそれはわかるんだが、見張りにしろ
偵察にしろ、もっとひそやかにやるべきじゃないのか。
「何してるのよ、あれ」
「さぁ。差し詰めお宝さがしってとこだろうけど、今更何も出てこない。俺の持つ神剣
の噂を知る者が荒らしには来たみたいだけど、いいモンスターの餌食だったろうな」
「このもっと奥はどうなってるんだ?」
「ベッツェンの西は俺も向かったことがない。最も北側から西に進めば海岸沿いの浜辺だ
ろう。ここからだと一面草原のように見えるが……さて、間違いなく攻撃してくると思う
が二人とも、殺すなよ」
「わかってるわよ!」
「うーん。どうでもいい奴なんて殺しちゃえばいいのにってプリマは思うけど」
「ダメだ。死んでグールにでもなってみろ。そこら中グールだらけになったらそれこそ面
倒だろ?」
「グールになるのは条件があるわ。そうほいほいと死んでもアンデッド化しないわよ」
「ああ、悪人ならなるかもな。じゃあどうするんだ?」
「こういう集団は大抵頭を押さえれば大人しくなる。ただ、全員捕縛するぞ」
「うーん。私十くらいが限界かも」
「プリマは殺すなら全部いける」
「だから殺すのはダメ! 町を攻められたり誰か殺されたわけじゃないんだから。一人も
ダメだからな」
「じゃあ十くらいだ。それ以上歪ませると精度が悪くなって殺しちゃう」
「二人とも勘違いしてるぞ。俺一人で全員捕縛出来る。恐らくだけど」
ラーンの捕縛網。以前俺が使用したのはデイスペル闘技大会の頃だったな。
それからフェルドナージュ様に渡り、再度俺の許へ託された神話級アーティファクト。
他にもミレーユから預かったリア・ファル、そしてラーヴァティンが存在する。
しかしこれらはホムンクルスの依り代として使用してあるため、既に所有権は移され
ている。
「一人で全部はずるいわね」
「そうだぞ。リュシアンだっているんだ」
「あたすは上から攻撃出来るけんども、襲ったらいげねんだべ?」
「ああ、リュシアンは封印へ戻っててくれ。少し離れた誰も居ない場所に下ろしてもらえ
るか?」
俺たちは誰も居ない場所へと向かい、下ろしてもらう。
当然地上の奴らには気付かれており、こちらを指し示しながら慌てて動き始めた。
「ミレーユ。二人を俺の前へ」
「ほらあんたたち。私の可愛いキメラから降りなさい」
「や、やばいズリ。どうするズリ」
「振り落とされる前に降りるのよ、トドネ! そして全力疾走……」
「ラーンの捕縛網、モードバシレウス・オストー」
「お? 友達か? な? こいつらだな?」
俺がラーンの捕縛網……を展開すると、網の一部がレウスさんの形となり、男女二人を
骨が包む。
「キャーーーーーー! アンデッド、アンデッドに包み込まれた! キャーーー!」
「ここここ、怖いズリ! ネクロマンサーだったズリ! ルーン女王の夫はネクロマン
サーズリ!」
「ネクロマンサー? お前らの国にはそんな奴らがいるのか。まぁ今はいい。一応足は
動くよな。走れないだろうけど。頭の下まで案内してもらおうか」
「うわぁ……思ってたより怖い網……」
「凄いな。どうなってるんだ、これ」
そう。ラーンの捕縛網はただの捕縛用網じゃない。
対象を恐怖に引きずり込むだけの力を持つ網だ。
以前フェルドナージュ様とベルータスの戦いの折、俺は本当の使い方を見て学んだ。
フェルドナージュ様はこの網を分割し、空を飛ぶ蛇のように使用していた。
こいつは自身が持つ能力と組み合わせ、その形態を変化して使用可能な、狂った性能
を持つ網だ。
そして俺の能力は……対象を取り込み、封印する術においての特殊能力を持つ。
これは当然網だから、偽物のレウスさんだ。
しかし……それぞれの身体的特徴を再現出来る。イーファならスライム、ウォーラス
なら壁、ジェネストなら六指で切り刻む網となる。
一番恐ろしいのはやはり、このモード・レウス。
節穴の目で見つめられるだけで生きた心地はしないだろう。
「おい、トドネとフージョが変な奴ら連れて戻って来たぞ! 頭に急いで知らせろ!」
「あんたたち何者だ。トドネとフージョをどうするつもりだ」
「モード・レウス」
俺は次々と骨でそいつらを縛り上げていく。
十人程は捕縛しただろうか。
この光景は既に、奇妙な骨を従えるヤバイ奴だ。
この網はよりによって喋る。
そのため十体ものレウスさんがずっと「な? いいか? 友達だろ」と呼びかける様は
まさにホラーの惨劇だ。
「本物と見分けつくの? これ」
「ちゃんと網の部分があるだろ。しかも勝手に伸びて勝手に縮むから、でかいレウスさん
も作れる」
「何よそれ。本人いらないじゃない!」
「いや。戦闘能力全てを出せるわけじゃない。明らかな劣化がある。
例えばレウスさんなら、目から炎を噴き出すが、そういった能力は無い。
形状と言動を大きく真似ることが出来る。これは当然モンスターでも同じ
だ」
「面白いな。プリマも封印されたら同じこと出来るのか」
「プリマの歪術だって使えないぞ。恐らく俺の能力を大きく超えることは出来ないのだろ
う」
そんな会話をしながら、大きな乗り物のある方へ十体のレウスさんを率いて向かう。
奥の方にいるニ十余りの奴らは……二人に任せるか。文句言われそうだし。
「んじゃ残りは任せるよ。暴れて来な」
「行くわよプリマ。キメラに乗っていきましょ」
「やった! 暴れて来る!」
キメラにまたがり残った奴らを襲いに行く二人。
と言っても捕縛するだけだ……と思う。
と思ったらあっさりと捕縛しつくしてしまった。
俺より手際がいい気がする。
それにしてもこいつら……あっさりと捕まったが、こんな実力と人数で女王を本気で攫
えると思っていたのか?
「おい、捕らえた奴の中で俺と戦ってみるやついない? もし勝ったら全員自由にして
やって俺たちは帰るけど」
「じょ、冗談じゃねえ。あんな化物女共従えてるあんたの方がやべえんだろ……この骨
だって術の完成度が高ぇ」
「ああ……どうだろう。うーん……武器有でも俺の方が分が悪いかも」
「それで何で、あんたに従ってるんだ……」
「戦闘能力以外にも、俺が勝てる部分があったからさ。しかし、いないか……」
「あんたなんかお頭がやっつけてくれるわ!」
「そうズリ! ハンニバルの頭は強いズリ!」
「ハンニバルねぇ……まぁ楽しみにしてるよ」
騒ぎが収まらないからか。
或いは部下を思ってか。
ようやくその、ハンニバルと思われる奴が、大きな乗り物から出て来た。




