第七百九十六話 お別れと誕生の挨拶を
雷帝ベルベディシアの件が片付き泉に戻る。
みんな安心したのか、その場にいたのはハクレイ老師のみ。
心配そうな顔をしていたが、事無きを得た旨を告げて安心させる。
老師にも、細かい話は明日行うと告げて、休んでもらった。
まったく。無理をするのにもお年を考えて欲しい。
……これ以上誰かを失うのを、俺は見たくはないんだ。
さて、まずはメルザとカルネを預けたナナーの許へと急ぐ。
――部屋に入ると、メルザはナナーとカルネ両方を寝かせつけていた。
「ルイン。話は少しだけ聞いたぞ。色々……大変だったみてーだな。
俺様、寝てただけだけど、なんかよ。ずっと色々聞いてた気がするんだ。
ブネ様の腹の中にいるみてーだったんだろうな、きっと」
「メルザ……」
俺は近づいて、メルザを抱き締めた。
久しぶりのメルザの温盛に触れた途端、先ほどまでのやり取りの
お陰で堪えていた糸が……プツンと切れた。
「カカシが……ブネが死んで、俺は、お前との約束を全然守れてなくて。
ブレディーも、リルやカノンも、みんな、守れてない。俺は、お前が
いないと……無力だった……」
「ははっ。何言ってんだ。俺様にとってルインは最高の英雄だぜ。
そしてその……俺様の、カルネの、パパだぞ……」
「ああ、ああ。わかってる。子供も、仲間たちも、もっと守れる
ようにならないといけない。今度はもっとしっかり、やってみせるから……」
すると、ぽこりとお腹にパンチを入れられた。
「何いってんだ。ルインは俺様の子分でもあるんだぜ? 守るのは俺様
の番だ! にははっ!」
「メルザ……ああ、そうだった……」
俺の傍でいつも励ましてくれた。
明るく笑いかけてくれた。
俺にとってかけがえのない存在。
守るべき最大の存在。
失っていて初めて気付かされる、その笑顔の大事さ。
俺にぽっかりと開いた穴。
欠けていたもの。
それは……メルザのこの表情。
大切なものを取り戻し俺は……二度と失わないように、きつく
抱擁し続けていた。
「ちょっとお二人さーん」
「もう。少しは甘く見ててあげようと思ったのに」
「メルちゃん独り占め、ずるいっしょ!」
「私たちの子供だって、ちゃーんと見てあげてね?」
ファーフナー、サラカーン、ベルディア、レミニーニ。
全員がひょっこりと顔を出して覗いていた。
いや、違うんだ。
戻って来て嬉しいあまりつい……。
あれ? 全員子供を連れてないな。
どうしたんだろう。
「三時間毎に起きるだろ? そう言えば泣き声とかも聞こえないな」
「それはファナの子だけよ。神兵の子は人間と変わらないのね」
「クウなんてもう空飛んでるのよ?」
「はい?」
「レインだってまけませんー。もうアイドルの恰好着せてますぅー。
キャハハハ!」
「うちのルティアはいいお嫁さんに育てるっしょ。お父さんより
強い奴じゃないと結婚させないし」
『それ、結婚絶望的じゃない』
「ファナ、サラ、ベルディア、後はえーと、レバーだ!」
「……レニだよーっ。アイドルのレニーちゃんだよぉ。忘れちゃった
のぉ……」
よりによってレバーって。お腹空いてるんだろうか。
「わりーなみんな。俺様、復活だぜ! でもなんか、両手があ
るって不思議な感覚だな。俺様、もう随分片手だったからよ」
「他に体に変化はないか? 悪いとことか痛いとことか。ブネの事で泣いてるかと
心配してたのよ」
「んー。ブネ様は、何かすげー近くに感じるんだ。ゴサクの事は悲しいけどよ。
でも俺様、ゴサクにはまた会えそーな気がするんだ。
そーいえばよ。なんか力がでねーんだ。燃斗も撃てねーし。腹減ってるせいかな」
「えっ? 術が使えないの?」
「んー。よくわからねー。それよりさぁ、俺様……」
「はい。これメリンよ。皆で安息所までいく? 子供は寝てるし」
「私はやめておくわ。多分起きるだろうし。あんたたちは
いいわねぇ……絶対私だけ大変じゃないの」
「何言ってんのよ。あんたは弟が便利道具を造ってくれるでしょ。
それにマーナや遊び道具のココットまでいるじゃない!」
……遊び道具になってたのか、ココットって。あれは兵器らしいんだけど。
未だにその実態は謎だな。そういえば最近見かけて無いような?
「あら。あんただってアルカーンがいるじゃないの。忙しそうだけど」
「私のお兄ちゃん、帰ってこないっしょ……どうしたんだろ。
平気だとは思うけど」
そう言えばベルドとミリルは今頃どうしてるんだ?
連絡の一つくらいは入れて欲しいのに。
「俺様がいない間、色々あったんだなぁ。悪いけど今日は俺様疲れてるみてー
だから。飯は明日起きたら食うよ……なぁ、みんな。一個だけわがまま
言ってもいーか?」
「いいわよ。ルインを貸せって言うんでしょ。それくらいわかってるわ。
ただ、寝る前に全員の子供の顔、もう一度見てあげてね」
「勿論そのつもりだよ。ちょっと行ってくる」
俺は部屋を出て、寝かせている子供たちのところへと向かう。
エイナ、クウカーン、ルティア、レイン。それぞれを見に……
行ったらエイナ以外俺の想像する赤子とは違う感じだった。
本当にクウカーンは空に浮いてる。直ぐそばにいたのはビュイだ。
アルカーンが寄越したのだろうか。
ビュイの寝ている横でわずかに浮いているままだ。
危ないので抱き上げてゆっくり降ろすと、手を伸ばして鼻をつままれた。
とれる! とれるよ! そんな勢いよく引っ張ったら!
この子はサラに似たに違いない……。
クウカーン以外の子たちはとても大人しかった。
そして、ファナの子は本当に普通の赤ちゃんだ。
ちょうど寝かせつけたところなんだろうな。
直ぐそばにぬいぐるみのマーナがいて、じーっと見てくれている。
俺が入って来た時も、静かにと合図をしてくれていた。
さて、参ったな。子供をほっぽり出して地底にいくわけにもいかない。
かといって、このままリルたちを放っては置けない。
どうしたものか。
ここは一つ頭を下げて、ベビーシッター役を誰かに頼んでみるか……。
何せやらなければならないことは山積みだ。
――一通り子供の様子を見た後部屋に戻ると、メルザの取り
合いが始まっていた。
皆、メルザ養分が不足していて辛かったんだろうな。
そして、最後にカルネを抱き上げると――「ツイン。待ってた。
カルネ、ずっと」
「……流石に私の子供でもまだ喋らないわ。それに今の……」
「聞いた? この子、ブレディーみたいな喋り方だったわ」
「何々ー? 誰ー?」
「信じられないっしょ。生まれ変わりなの……?」
「確定じゃないけど。でも恐らく……メルザの子、カルネは
ブレディーの生まれ変わりだ」
「ほんとか? 俺様の子が、あいつに?」
「ああ。カルネ。わかるか?」
「カルネ。よく、わからない」
「そうだよな……お前はまだ産まれたばかり。喋れるのが不思議なくらいだ……」
「ツイン。抱っこ、もっと」
「ああ。わかってる。わかってるよ……助けてくれた礼も言えてない。
お前のお陰で俺はまだ生きている。ありがとう。そして、さようならだ。
ブレアリア・ディーン」
気付かぬうちに、俺の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
新しい命への感謝と、別れへの苦しみから逃れるために。




