第七百五十六話 出発、新たな国へ
紅葉洞テント前。グレンさんと共に、ナチュカの手綱を手に持つ俺。
出発の準備は整った。グレンさんが先導してくれる様なので、後ろをついて行く。
「ふかふか。凄い気持ちいい。これがナチュカっていうんだ」
「そうだ。それ以外にもこいつは顔のところにお鬚が三本、ぴーんと伸びてる。そしてふかふかの耳が
こういう感じでピンと立っているんだ。わかるか?」
「うん。触りながら教えてくれるからよくわかる。見えなくてもとってもわかるの。モジョコ、こんな風に
教えてもらうの初めて」
「そうか……レェンにはアルンという優しい兄がいたからな。モジョコはこれまで辛かっただよな……」
「でも、モジョコは今とっても楽しいよ。わかってもらえる人がいるだけで、全然違うんだね」
「そうだな。同じ理解者として俺がちゃんと協力してやる。どうだ? スライムの
可愛い名前、浮かんできそうか?」
「うーん……この子はふかふかじゃなくてぽにょぽにょしてるから、ぽにょとか?」
「……それは色々と同じ名前のやつでかぶりそうだから違うのにしよう」
「うーーーん」
「小さいってのも何か加えるといいんじゃないか?」
「ルインお兄ちゃんだったらどんな名前をつけるの?」
「そうだな……スライムの定番といえばスラリンとかスイとかスラゾウとかスラッピーとか……」
「じゃあ、コラムちゃんにする」
「ほう。モジョコのコも入っていていいじゃないか。よかったな、コラム」
「……」
嬉しそうにピョンピョンと跳ねている姿を見ると、理解はしているようだ。
こうやって名前を決めながらも、先導するグレンに追いついてきた。
俺の乗っているナチュカは元気いっぱいのようだ。
「大分ナチュカの操作方法には慣れてきたみたいだな。筋がいい。
国についたらナチュカ飼育の申請も出してみるか?」
「そうだな。出来るならお願いしたい。もしかしたら今後、俺の住む町と取引を
行うかもしれないし」
「そうか。ルイン殿の住む国はここから近いのか?」
「いや、凄く遠いけど。取引出来ないわけではないから。それよりもそろそろ、国の名前とか
教えて欲しいな」
「そうだった。我が国はジパルノグという」
「え? 何だって? ジパング?」
「違う。ジパルノグだ」
「……まるで日本みたいな名前だ。益々親近感が沸くな」
更に道をどんどんと進んでいく。進行方向的には魔王の城が見えてきた方角よりずっと東へと
進行している。距離的に争いあう場所ではないのだろうか。
「先ほど話していた料理についてなんだが……」
「魔族の城についてなんだが……」
と、互いに聞きたい話のタイミングが被ってしまう。
こういうことは日常でもよくある話だ。
「すまない。先に料理の話をしようか」
「いや、そちらの話の方が重要だろう。こちらの話はいい。魔王について聞きたいのか?」
「いいのか? ……そうなんだ。ここへ来る途中目に入って。魔王とは敵対関係にあたるのか?」
「一部の魔王に関しては敵対関係にある。だが、協力関係にある魔王も存在する」
「絶魔王というのが三大勢力で争っていると聞いたのだが、知っているか?
ハークレインシフォンという名前の老人を」
「ヨーケール・クリウス・シアノルド。通称ヨークシアの配下、ウインディ家のハークレイシフォンの事か。
知り合いなのか?」
この質問には迷ったが、グレンを信じよう。
彼女はモジョコの面倒を見てくれたし、しっかりしている意志を感じる。
「ああ。俺の老師にあたる」
「……道理で強者のわけだ。魔王の弟子だったとは」
「やっぱり町に向かうのは問題があるか?」
「いいや。先ほど協力関係にあると伝えた魔王がヨークシアの者たちだ。
彼らは社交的で人間とも仲良く暮らす」
「全部で城が五つあるように見えた。三大絶魔王と聞いたんだが……」
「もともとは分城だった。だが……近年分裂したのだ。三大の時代はかなり前の話だぞ?
誰から聞いたんだ?」
「ハーヴァルさんっていう連れが……」
「ハーヴァルだと? それは、どこのハーヴァルだ。まさか……」
「? まさか……ハーヴァルさんの知合いか? 死流七支のハーヴァルって言えばわか……」
「あいつは今どこで何をしてるんだ! 居場所は? 連絡はつくのか?」
「あ、あれ。グレンさん? あのー……」
「ハーヴァルは隣国の最有力貴族、その長男だ。我が国と彼の国、そしてヨークシアでは、それぞれ血縁の
関係を持つ間柄。行方を晦まして我が国にも似顔絵付きで捜索願いが出ている。
懸賞金付きでだ」
「……ああ。あの人、自由奔放だし多分帰らないだろうな……」
「まったく。身内に不幸があったというのに」
まずいな。話をそらさないと……怒りの矛先がハーヴァルさんに向いてしまうのはまずい。
どう考えても知り合いだと話を出してしまった俺のせいだ。
「それはそれとして、五つの城のうちドールアンっていうのがハクレイ老師の居た城なんだよな」
「ああ。少し怖いが興味があるならそちらにも行ってみるか?」
「それはまたの機会かな。とにかく今回は時間が無いんだ。必ずまたくるから」
「そうか……む、速度を上げるぞ」
「どうした?」
「後方からモンスターだ。こちらを狙っているわけではないようだが、今の速度だと追いつかれる」
よくわかったな。俺のターゲットにも反応はないから狙われてるわけじゃないんだろう。
「どうしてわかったんだ?」
「匂いだ。ナチュカは鼻が利く。匂いに気づいたのを教えてくれた」
「……俺には全然わからないな。モジョコはわかるか?」
「すー……すー……」
「……そうだった。まだ衰弱してから間もないんだ。ゆっくり、おやすみ」
モジョコの頭を軽く撫でてやると、手綱を引いてナチュカの速度を上げた。
ここで襲われるのはご免こうむりたいところだが……。




