第七百四十三話 アルカイオスの思い
泉から出てきた俺は、死霊族の思いを理解した。
自分たちの先祖が思い描いた未来とは異なる未来が今の世界。
だが絶対神は既にこの地を様々な生命が住まう世界として認識しているんじゃないのか?
俺が会った絶対神、イネービュとスキアラは少なくとも、魔族を受け入れているし共存している。
よく思っていないのは恐らく、ネウスーフォなのだろう。
それともう一柱、ウナスァーだったか。
よくわからないのがベリアルが戦っていたあの情景だ……あいつはそんな昔から
生きていたのだろうか。
聞いてみる必要はあるが、答えてくれるかどうかはわからないな。
そして……ウガヤ。まさか元々は原初の幻魔だったのか?
それともただ、同じ名前なだけなのか。
そういえば以前、アルカイオス幻魔をゲン神族という名称で語られていた記憶を見た。
彼らは神に近しい存在だったのかもしれない。
「あなた様……あなた様」
「う……うう。ここは……」
「泉の中でございます。あなた様」
「お前……泣いているのか?」
俺を揺り動かすアメーダ。その表情はいつも通りの笑顔だったが、紅色の瞳からは
絶え間なく涙がこぼれ落ちていた。
アメーダの顔は……あの中に出てきた、シカリーの傍にいた少女に少し似ている。
遠い祖先なのかもしれない。
そういえばアメーダとシカリーの関係もよくわからない。
どれほどの長い年月、死霊族として存在していたのかもしれない。
けれど、いつも笑顔でいるアメーダは、確かに涙を流している。
それも……変わらぬ笑顔のままで。
「わからないのでございます。ですが、あなた様の中に眠る幻魔の宝玉が、アメーダにも
同じ光景を見せてくれたのでございます。それは恐らく、シカリー様にも、或いは
他の死霊族の者にも見て取れたかもしれないのでございます。
やはりあなた様に眠る力は……ウガヤ様の者だったのでございますね……」
「ウガヤは幻獣、或いは神の部類だとずっと思っていた。
まさか、原初の幻魔だったのか……それでメルザにあんな力があったのか」
「恐らくは最後の生き残りのアルカイオス幻魔。そのお方に会う前にどうしても、私たちの
過去を知って欲しかったのでございます。そして……ウガヤと泉を紫苑で繋ぎ、得た物がございます」
「……その花が?」
「はい。この泉はかつてアルカイオス幻魔が戦果を逃れるために造った道のようなものでございます。
そしてこの花は……シカリー様が育てた花でございますから」
「あの時見た花がそれか。その隣にいたロギアという少女は……?」
「アメーダにはわからないのでございます……シカリー様の依頼はこれで達成でございます。
後はこの花をシカリー様に渡すだけでございます。ですがあなた様のそのお顔。
決意を露にされたようなお顔でございますね」
「ああ。俺は……あのカイオスという始祖の意見に賛成だ。
絶対神には絶対神の考えもあったのだろうが、先住民を根絶やしになどしていいはずがない。
イネービュに直接問いただしてみる。その方がより話を聞けるだろう」
「そうでございますね……シカリー様もイネービュには警戒せず接していた
ようでございますし……問題となるのはやはり……」
「地底だな。それでここから地底へと行ける……んだよな?」
「少々お時間はかかるのでございますが、この泉は特別なのでございます。
地底のある場所へ出る事が出来るのでございますよ」
「そうか。それなら……俺にしろベリアルにしろ、目的を達成できそうだ。
これから先暫くは……戦いの日々になるかもしれない。
アメーダには引き続き協力してもらえると助かる。
それに……子供も」
「そうでございますね。忙しくなるのでございます。
まずは泉を領域へ繋げますので、あなた様はお休みして欲しいのでございます」
「休むといってもまだ日は登ったところだろ……あれ? 何でもう日が沈む頃なんだ?」
「あなた様。泉で経過した時間は長かったのでございます」
「……あの泉での出来事はそんなに長かったんだな……わかった。
戻って休ませてもらう。アメーダも無理はしないように」
泉から出て上空を見上げる。
済んだ綺麗な世界。
その世界は誰かの犠牲で成り立ったもの。
それは、どの世界、どのような時代でも同じなのかもしれない。
それでも世界は平等を求め、常に動いている。
永劫続く安全安心な世界などない。
だからこそそれを求め、暮らしていけるのかもしれない。
……よお。懐かしいもの、見せてくれたな。どうだったよ。みじめな俺の姿は。
「……やっぱりあれはベリアルだったのか。なぁ、教えてくれ。
お前が戦っていた場所は地底だろ? 地底を構築したのがネウスーフォだよな。
なぜあそこで戦っていたんだ?」
簡単な話だ。俺は元々、絶対神側。
気に入らねえ神に歯向かっただけだ。
強制的なやり方に嫌気がさし、その許を離れた。
俺たちはソロモンに立てこもり誓った。
原初の幻魔側につく。
たてつく奴らは容赦しねえ。魔族でも神でも関係ねえ。
何も考えずぶち殺しまくる殺戮兵器になるつもりはネェとな。
結果は……あの様だ。ざまぁねえだろうよ。
だがな、俺たちは神の道具じゃねえ。
どう生きようが、どう死のうが俺たちの勝手だ。
だがよ、もう負けねえぜ。
なにせ俺は、おめえっていう最強の魔族ったらしを手に入れたんだからな。
ククク……本当に凄ぇやつだぜおめえは。
「よせよ。別に俺が凄いわけじゃない。俺がこう在るのはあいつに貰った力。
そして……あの時みたウガヤの力あってこそだ」
まぁそりゃそうだな。あの女がいなけりゃとっくに俺たちお陀仏だったぜ。
「だからこそ、これからもちゃんと守ってやろう。俺たちの力で」
ふん。言われなくてもわーってるよ。
俺だけの力で守り切れるかわからない。
だけどベリアル。お前のの力もあれば、残された原初の幻魔を
守ってやれる。
俺はそう信じている。