第七百三十四話 怒れる魂吸竜ギオ・マ・ヒルド
死霊族の町の最奥部。遠目から見てもわかる程巨体を持つ
魂吸竜ギオ・マ・ヒルド。
結界の外から見たら骨しか残っていなかったはずだ。
だが、ここから見る限り生きた竜に見える。
エルバノの話では食あたりで死んだと聞いていたのだが。
「あの竜って死んだんじゃないのか?」
「うむ。死んでおる。あれは魂だけの存在じゃろう?」
「よくお分かりでございますね。結界内に魂をとどめ、形を模し、実体化したもので
ございます。それゆえこの地から動く事叶わぬのでございます」
「つまり、死んでる……でいいんだよな」
「魄は死んでおろうが魂が生きておれば意思疎通は叶うじゃろ。
死霊族みたいなもんじゃあ。お主は魔族なのによくわかっておらんのか?」
「先に話したんだが、俺は転生者で、俺のいた世界にはそんなものなかったからな」
「ふうむ説明がめんどくさいのう。よいか、魂すなまち生命の素と魄、その器。
器は作り替えが出来るが、魂の作り替えはそうそう容易いものではない。
完全に消滅すれば転となるんじゃ。わかるか?」
「全然わからん……そもそも俺の中に二つ魂が在るってのは確かだし、多くの亡くなった者の
魂が俺の近くにはいるとも聞いた」
「ふうむ。まっこと不思議よのう。死に好まれておるようなやつじゃの」
「それは全然嬉しくないな……それよりもあの竜、さっきから何やってるんだ?」
町の奥の方に見える竜は、何かを食べようとしてるのか、首を振り回しているように
見える。
機嫌でも悪いのだろうか?
「あれは何かあったのでございましょう。基本は大人しい竜ゆえ
あのような行動は見た事がございません」
「ギャハハハハ! あやつが大人しい? 面白い事いうのぉ。どれ、一つ
先行しようかの。ふぅーーーん!」
自身の姿を手甲に変え、自らの抜刀技で発生させた竜巻に乗って飛んでいく
エルバノ。
器用だな……それにしても何やってるんだ? あの竜。
……なんだか凄く嫌な予感がする。
「悪い。俺も先に行く。王女と後から来てくれ! バネジャンプ!」
「気を付けて欲しいのでございます! 結界外に出るのは危険でございますから!」
「わかってる。あの竜の高さより上にはいかないようにするよ!」
この町に来て、宿に着いてからライラロさんを見ていない。
それどころかそもそも、この町の他の死霊族も見ていない。
姉というラルダもそうだったが、死霊族は突然現れたりする。
他の死霊族や、あの竜に絡んだりしてなければいいが……。
「ちょっと落ち着きなさいって! ちょっとだけ鱗を取ろうとしただけじゃないの!」
「黙れ! どこから入って来たんだァ、このうすのろ魔族がァ! 食いちぎって腹の足しに
してやるわァ!」
……案の定襲われてるのはライラロさん本人だ。
水色の竜の上に乗って逃げ回っている。
あれは、水竜を招来したのか。確か海底での戦いで見たやつだな。
だが竜の大きさの桁が違う。こんな竜相手に何してるんだ一体。
バネジャンプでライラロさんの直ぐ近くまで行くと、改めてその竜の大きさに驚く。
肌は浅黒く、俺のトウマに近い色合いだ。
しかしトウマの数十倍、へたしたら百倍はある巨体だ。ここから動けないっていうのは幸いだな。
こんなのと敵対したら――――「新手が来やがったなァ! 食いちぎりバラバラにして
やろう!」
怒り狂うギオ・マ・ヒルドに手甲が竜巻に乗り体当たりする……がかすり傷一つついていない。
「おい、ぼけギオマ! わしじゃあ。エルバノ様がきてやったぞぉ!」
「黙れェ! 魔族共。粉微塵にしてくれるわァ!」
……これ、やばい状況じゃないか?
何一つ聞く耳持たない状態になってるぞ。
「ライラロさん」
「……てへっ。ちょっと鱗をはぎ取ろうとしたら怒らせちゃったみたい」
「てへっ……じゃない! 毎回あなたはいつもいつも……封剣! 剣戒!
東側に来て初めての大ピンチだ。頼むぜティソーナ、コラーダ!」
「嫌でごじゃろ」
「あちしもいやぁ! 魂吸竜相手なんていやぁー!」
「そんなやばい相手なのか?」
「冗談じゃないでごじゃろ! 最強竜の一匹でごじゃろ! 天地がひっくり返っても
勝てないでごじゃろー!」
「あらぁ、道理で何やっても攻撃が効かないと思ったわぁ……」
「グオァアアアアアアアア!」
こちらへ向けて強烈なブレスを放出させる構えをとったので、慌てて高い岩場から地上へと
ライラロさんを連れて落ちる。
残された水竜は跡形もなくかき消え……立っていた岩場は岩場ではなく
何もない空間へと変わる。
……はい? 砕けた岩とかはどうした。
何で何も残ってないんだ?
「おい、そもそも死んでるのになんでブレスなんて放出できるんだよ」
「あんた、それ自分にも帰って来るわよ。ドラゴントウマだって死んでるじゃない」
「あれはドラゴンゾンビだからだろ! あいつは……ドラゴンゾンビか?」
「違うでごじゃろ! ドラゴンゾンビは魂が死んで肉体が残った方でごじゃろ!」
「もうややこしい! 全部まとめてアンデッドドラゴンでいいだろう!
もう面倒だ。蹴散らしてやる!」
……おい、暴れるなら代われ。いい考えがある。おめえがやるよりスムーズにいくぜ。
――――突如俺の頭に声が鳴り響く。
この声は……ベリアルか。随分と長く眠っていたようだな。
「別に構わないけど、死ぬなよ」
「? 誰に言ってるの?」
「ああ悪い。ライラロさんには説明してなかったな。俺の中のベリアル。
いい案があるらしいから暫く代わる。ライラロさんはラルダの宿に戻っててくれ」
「いいの? それじゃ鱗だけよろしくね!」
「無茶言うな! ……さて、それじゃ……ん? 何かお前、前より……」
俺は意識を手放し、交代することにした。
こいつには何度も助けられてるし、深い考えも持っている。
しかし、ベリアルか……一体こいつは何年前に暴れ回っていた存在なんだろうな。




