第七百二十六話 酒鬼魔族の墓地
入り組んだ道を進んでいくと、道中多くのモンスターに遭遇。
だがこちらは戦力的に申し分なく、前衛二名と優秀な術使い、魔術召喚士がいる。
一度に大量のモンスターを相手にする状況になり辛い洞穴では、適した構成だった。
更に、エプタ同様優秀な斥候。事前に精密な情報を知るのに、わざわざ術を行使する必要なく
進める利点は大きい。
「こんなに奥まで進めるなんて思わなかったです」
「一人じゃ難しいだろうな。挟み撃ちにあった途端戦い辛くなる。
今回は斥候でジュディがいるから、離れ場ところにいるのモンスターを察知しやすい。
俺の能力だと、相手がこちらを狙わないと反応しない。
それと、ああ見えてもライラロさんは幻術を極めている。頼りになる人だ」
「俺の調べる能力より、ルインの能力の方が怖いぜ。その真化っていう状態の術、やばすぎるだろ。
何だあの食らいつくす物体は」
「赤海星の殺戮群か……これは神の遣いが使ってたやつを真似したらできたんだ。
危険な術だからあんまり多様しないようにしてるんだけど」
「俺も魔族の血が流れてるなら、先生のようなこと、できますか?」
「それは難しいのでございます。妖魔は特殊な条件により造られた、変わった種族でございますから」
「そうなのか? そーいや魔族にも色々あるけど、何で妖魔は地底でのみ生活してるんだろう」
「それは、ネウスーフォの飲み込む力が強すぎるため……と言われてるのでございます」
「ネウスーフォ……確かタルタロスを管理者に置く、絶対神の一柱か」
「プリマはあいつ、嫌いだ! あいつがゲンドールを滅茶苦茶にしたやつだぞ!」
「プリマ様。確かに絶対神の横暴は許せる所ですが、ネウスーフォだけが悪いわけでは
ございません。むしろ……」
「ちょっと待て……俺は絶対神側の意見しか聞いた事がない。お前たち二人はこの世界の歴史を
知ってるというのか」
驚きだった。こんな洞穴の中でなければちゃんと聞きたい内容だ。
俺は正直タルタロスに若干の敵意を持っている。
ベリアルと混同する魂。
なぜ俺がこんな状態なのか。
絶対神からは、そうしなければ更に悪い状況へ俺が向かっていただろうという。
「そうでございますね。目的を済ませたらお話するのでございます。
そのための花でもございますから……」
「よく、わからないがそうしてもらえると助かるよ……と、コウテイの示していた
墓場と思われるところはここだな」
洞穴の北から東へ進んだ道の先にある開けた部屋。そこには鉄の扉があり、見た事がない
文字が刻まれていた。
「酒鬼魔族の文字です! 読みます。……我らが同胞、地に帰り再び祖の地へと誘い、根源たる
ゲンドールに活力を与えん。願わくば永劫、酒鬼の力を祖が大地へと繋がれん……」
「お墓の文言としては変わってるわね」
「どういう意味なんですか? これって」
「そうだな……死んでも尚、自分たちはこの世界を巡り、世界の力となっている。だから酒鬼族の
血は絶やさず、この星の力となり続けて欲しい。そんな願いを込めた内容だろう」
「……俺たち酒鬼魔族は戦いが全てなんだ。だから……」
「だから最後の一人になっても戦い続けたいか。ジュディ、アメーダ、ライラロさん。すまないが
ここからは俺とエンシュ二人で墓参りをしてもいいかな」
「……わかったわ。ちょっと疲れてたし休憩してる」
「あまり長居するとモンスターが集まって来るかもしれん。手短にな」
「アメーダにパモ様を預けて頂いても? 簡単な食事をご用意するのでございます」
「ああ。パモ、あれだけ出してもらえるか?」
「ぱーみゅ!」
「皆、すまないな。エンシュ、行くぞ」
「はい、先生」
俺はエンシュを伴い、入り口の扉を開く。
中は静かな墓地。数は多くないが、戦士たちの武器が墓標へと祭られている。
どれも刀ばかりだ。だが中央最奥の墓一つだけ、あらゆる武器が突き刺さっている。
族長の墓だろうか?
「エンシュの母親の墓はあるのか?」
「いいえ。母は戦場で命を落としました。墓も、遺骨もありません」
「それでも形だけ、墓を作ってやろう」
そう言われ、思ってもみなかったと足を止めるエンシュ。
「あの、先生。俺はここに酒鬼魔族に関する、強くなるきっかけを探したいんです。
母の墓を作りたくてきたわけじゃない」
「なのになぜ、そんな辛そうな顔をしているんだ」
「これは……わかりません。わからないんです。でも俺は強く戦えるためにここへ……」
「ここにお前を連れてくるのは正直、残酷である事を理解していた。今のようにショックを受ける事も。
だが、ここにお前を連れてくる必要もあった。一人であることを受け入れさせるために。
そして、これからは一人じゃないことを受け入れさせるために」
「どういう……ことですか?」
「エンシュ。よく見てみろ。墓に刺さった刀たちはお前を見ている。
わかるか? お前だけを見ているんだ。あいつらは何て言ってる?」
墓の遠目でエンシュの肩に手をおき、刀たちを見る。
俺にはこう思えてならない。
若き芽よ。生きろ。俺たちと同じ道を歩むな。
子孫を残し、繁栄せよ。
残されたのはお前だけ。
お前だけが頼りだ……と。
エンシュは自分でもわからず、涙がこぼれていた。
「あれ……なんでだろう。俺はここに強さを求めにきただけなのに。俺は、悲しくなんてないんだ。
誰もいなくても、強くいられるんだって」
「違う。お前はここに弔いに来たんだ。失った母親を。同胞たちを。墓がなぜ立てられるか知っているか?
それはな。残された者のためだ。亡くなった者のためじゃない。誰一人その者を認知しなくなった時点で、それはただの標にすぎなくなる。時が流れ、ここが何の墓だったかわからなくなるんだ。
だからここに眠る奴らはお前に主張している。俺たちはここだ、お前ある限り、酒鬼魔族は永劫
続くぞ……ってな」
下を俯くエンシュの代わりに、墓を作ると、合掌してみせる。
「お前の父はアクト、母はルチアだったか」
「……はい」
剣で悪いがそう記しておこう。
【神兵アクトと酒鬼魔族ルチア、最愛の子エンシュによりこの地へ深く眠る】
「さぁお前も祈ってやれ。墓ではなく、己自身に宿る両親の気持ちに」
「う、うわあーーーーー……先生、俺は、俺は。どうして母さんも父さんも俺を残して死んだんですか!
なぜ、俺は一人で……頑張って。戦って死ねば二人のところへ行けるって。だから、俺は……」
「最初からなんとなくわかっていた。お前は戦って何れ死にたいんじゃない。
死ねる場所を探していた。お前の気持ち、俺にはよくわかる。だからこそ落ち着くまで泣いていい。
お前の苦しみをわかってくれる先祖は、ここに沢山いるだろう。この中には同じ奴だっているかも
しれないんだ。それこそが、ここに来るお前の意味だ」
激しく泣き崩れるエンシュの頭を撫でてやる。
手を伸ばしてくれるものはいたのかもしれない。
悲しみを乗り越えるため、ひたすら刀を振るったのだろう。
精一杯強がった男。
まさに、自分そのものだな……。
エンシュが大分落ち着いたので、俺は族長と思わしき墓の前まで来た。
「名も知らぬ族長よ。ここにある物をこいつと交換してもらうぞ。
残りたった一人の戦士のために、お前の力を分けて欲しい。
どうかエンシュをお前の力で守ってやってくれ」
「せ、先生それは……でも、俺は……」
族長の周りにある武器。一目見て気付いた。こいつはよくわかってる。
地面に設置する武器や、投擲する仕込み武器。
それて手甲や肩甲もある。
気づいたら持っていけと言わんばかりの置き方だ。
しかも腐敗などしていないところを見ると、アーティファクトだろう。
俺は一本のぶどう酒を置くと、丁寧に合掌し、それらをエンシュへと渡した。
「そいつはアーティファクトだな。族長からお前への手向けとしてもらっていけ。
刀はさすがに酒鬼魔族の魂だろうし手をつけるべきじゃないが……きっとお前が使ってくれれば
喜ぶだろう」
「俺に使いこなせるでしょうか?」
「ああ。大丈夫だろう。お前もこちらへきて、手を合わせておけ」
エンシュが同じように族長の前へ合掌すると……何かに気づいたのか、墓の裏側を見始めた。
「どうした?」
「先生。やっぱり先生の言う通りでした。この戦士は……長だったようです。
それに、先生と同じ事を……」
墓の裏側には酒鬼魔族の文字でこう書かれているという。
若き芽よ。己を鍛え、強くなれ。
その強さを見せつけ、子を求めよ。
子を鍛え、また強くなれ。
繁栄こそ最大の力となる。
それを忘れず強くなれ。
刀に頼らず己の知恵を頼れ。
その先に抜刀の奥義が存在する。
使えるものは何でも使え。
誰がなんと言おうとも、族長である俺に勝てぬ以上、それが正しいと知れ。
さぁ武器を取り酒を染め立ち上がれ、酒鬼魔族よ。
お前たちが戦う限り、今日もまた、この地は平穏となるのだ。
「……やっぱり自分で考えろってことですよね。
その先に抜刀の極意が……」
「どうやらそれだけじゃ無さそうだな。俺にもまだわからないが……それにしてもこの手甲や
肩甲、裏側に文字がびっしり書かれてる。
こいつがもしかしたら酒鬼魔族の力を引き出すのかもしれない」
「本当ですか!?」
「それはもらっていけ。族長も喜ぶだろう。
そして、族長の言う通りまた酒鬼魔族を繁栄させればいい。
いいか、絶対死に急ぐような真似はするな」
「はい。俺が死んだら……この族長の意思を継ぐ者がいなくなってしまう。
それに、母さんの墓だって……でも俺、ここに見舞いに来れますか?」
「簡単な話だ。それを目標に修業に励めばいいさ」
エンシュの両親の墓へ、再び手を合わせる。
印となる刀が無いのは残念だが、それは次に来るときに持ってくるという
目標へとつながるのだろう。
「俺たちは旅を続ける。今なら引き返してもモンスターに襲われる事はないだろうが、エンシュはどうする?」
「ここで置いていくなんて言わないでください。俺は絶対先生から離れません。
お供します」
「いいのか。もしかしたら招集にも間に合わないかもしれないぞ」
「それでも、俺は自分が選んだ道を行きたいんです。先生ならもっと、多くの事を学べる。
そんな気がするんです」
「そうか……それじゃ戻るぞ」
「はい!」




