第七百二十話 手合わせ ルイン対ジュディ
エンシュとテントに戻ろうとしたところで、ジュディにお呼びがかかった。
先ほどの指導を見ていたようで、目が真剣だった。
「あんた、やっぱり強いな。あのガキだってシフティス大陸東に属する者。
橋の上に立てるだけの実力はあったはずだ」
「ああ。俺の投擲する石を的確に防いでいたからな。目が廻るように仕向けて投げたのに」
「目がいい俺にもわかった。あの投げ方、我流か?」
「いや、これでも名のある斧使いに指導を受けたんだ。名前はシーザー・ベルディス。
俺以外はベルディスって呼ぶけど。死流七支のベルディスだ」
「キゾナ大陸の悪夢? 本当かよ。俺でも知ってるぜ」
「師匠はバトルマニアだからな。修業がよほど楽しいのか戻ってこないんだ。
うかうかしてたら全く歯が立たないところまで行っちゃいそうだから、俺もそろそろ
剣と技の修業を頑張らないとな」
「ならよ。俺と手合わせしよーぜ。俺も二刀使いだ。お前の修業相手にはなるだろう」
「っていっても、神話級アーティファクトじゃ……あ、エプタに貸してた短剣があるな。
あれを使うか。パモ、持ってきてるか?」
「ぱみゅ?」
「え? アメーダに渡してた? 護身用? そうか……」
「俺の予備短剣を貸してやるよ。短剣もつかえんのか、あんた」
「武器は一通り基礎を叩き込まれた。本来のスタイルは一剣一格闘だよ」
「ならなんで二刀流で戦ってるんだ?」
「ティソーナとコラーダっていう二振りの神話級アーティファクトの影響……か?
それ以外にルーニーっていう俺の愛鳥がいてな。こいつも本来は剣だ」
久しぶりにプログレスウェポンであるルーニーを、手甲から引き抜くと、ジュディは
呆れているようだった。
「隠し武器な上物体として動く鳥になるのか!? すげーなそれ」
「動く鳥? いや、ルーニーは大事な相棒。幾度も敵を葬ってきた頼れる戦士だぜ」
「ホロロロー!」
「まったく、すげーやつがいたもんだ。んじゃ俺も、無機人族の本気ってやつを見せないとな」
「ん? 本気?」
そう言うとジュディは形態を変化させる。
両腕がポトリと落ちて……この時点でちょっと恐怖を覚えたが、その腕に握られた短剣が
勝手に動き出す。
さらに両腕は直ぐにまた別の腕が生える。
そちらに違う武器……今度は弓と矢を持ち、その手がまたぼとりと落ちる。
さらに次は……杖だった。魔法も使えるのか?
「よし、こんなもんだろ。こっちの準備はいいぜ。本当に短剣でいいのか?」
「ああ。短剣メインでは戦わないし、ティソーナ、コラーダは反則みたいなものだ。
あれに頼ってたら修業にならない。後真化と神魔解放もだな。自力を上げないと」
「そうか。まぁ奥の手ってのはとっておくものだからな……行くぜ!」
先ほどと同じように石を上に放り投げたジュディ。
石が地面に落ちた直後、一気に跳躍して距離を詰める。
そうしないと不利なのは明白だ。
「いい思い切りだな! だが直線的すぎやしないか?」
「上は狙い撃ち。横のルートを通れば弓を構えるに十分な時間だろ!」
「ククク、あんたもいい目、持ってるな」
短剣二本と術、技。これだけで戦うには少々分が悪いが、今はそれでいい。
「妖氷造形術、コウテイ、アデリー。左右に旋回」
「ウェィ!」
「ウェーイ!」
突進しながらコウテイとアデリーを出し、コウテイへと捕まって方向転換する。
直進でくると構えていたジュディの意表をつきつつ、アデリーに落下している腕の中でも
厄介な弓をどうにかしてもらうように命じる。
「俺本体が動かないわけにはいかないんでね!」
跳躍してきたジュディ。最初に出会った時も同じ姿勢だった。
跳躍からのクロス斬りはかなりの威力がある。
ギリギリでコウテイに回避してもらい、そのまま術を行使する。
「妖氷造形術…………フィヨルド」
ジュディの間に氷の遮蔽物を作り、視界を阻害する。
何と言ってもジュディの脅威は目の良さだ。
それをふさぎつつ……短剣を投擲する。
俺は当然短剣で斬り結ぶなんてことは考えていない。
短剣で斬り結ぶくらいなら格闘術を行使した方が得意なくらいだ。
短剣自体は悪い武器じゃない。軽く使い回しがよく、殺傷力もそれなり。
踏み込みが強ければ一気に相手を無力化もできる。
だが……戦闘方法が多様な俺にとってはあえて短剣を使う必要はない。
ましてや強者ほど、懐に入るのはどんどん厳しくなる。
短剣では致命的すぎる。
……当然話に聞いたライデンのような短剣では別の次元だが。
「本当に適格に投擲してくるな。暗器向きでやりづれぇ。
第三の腕よ、放て! ヴォルカノン!」
俺の氷の遮蔽物に向けて、杖を持つ腕より炎の塊が放たれ、遮蔽物が消される。
それと同時にアデリーを振り切った腕が俺へ向けて矢を放つ構えを取る。
見えた俺に向けてジュディも正確に突進してきた。
短剣は二本とも投げた。妖楼で回避してもいいのだが……この実験をしたかった。
「妖氷雪造形術、氷雪石剣、ダブル」
「なっ……氷の剣?」
俺は持っていた石を氷雪の剣へと変え、ジュディの短剣を思い切りはじきつつ、放たれた矢を切り伏せた。
ジュディは落ちた短剣を気にせずそのまま蹴りを放ち、腕を落としつつバックステップをする。
なるほど……落ちた短剣も簡単に回収されちゃうわけか。やり辛い相手だ。
ブラックイーグルを出してもいいが、この洞穴内では跳弾となり、自分に当たる可能性もある。
「氷と雪の術……詠唱無しでおっかねー術使うな……」
「俺の本来のモードは水だ。だがそれは真化してようやく強大な力となる。
ベリアルならもっとうまく戦うんだがな……」
「? 水使いなのに氷雪も得意なのか?」
「後は炎を少しと雷を少しだけだな。まだまだ力を使いこなせないから使わないようにしてる。
特に雷は暴走すると自分が死ぬらしいからな。おっかなくて使えないんだよ」
再度氷雪石剣をジュディに向け、構える。
あちらも既に拾い上げた短剣を手に持っている。
追い打ちで短剣を弾けばいい? 無理だ。
何せ今や地面に落ちているジュディの武器持ちの手は十もある。
これは相当に厄介な能力だ。
暗殺向きでもあるな。
こんな逸材がただ墓守をしてるだけだったのか……。
「英雄オズワルの弟子。気に入ったぜ……あれ?」
「お、おいお前の手甲……ルーニーだったか? 大丈夫か?」
「ホロロロローー!」
「お、おいルーニー。どうした? 大丈夫か!?」
急にルーニーが膨れ上がった。一体何が……。