第七百二話 パーフェクト・ティー・タイム
俺がその男に真剣と向き合う事を決めたその時、アメーダはいつの間にか黒と赤混合色のエプロン姿へと
早変わりしていた。
どこからもってきたんだ? と思ったが、ルーンの町には既に多くの商品が販売されている。
アメーダであれば物々交換などで簡単に物を仕入れる事は出来るだろう。
このデザインは間違いなくフォモルさんの娘、フォニーさんだ。
俺がベルローゼ先生の名前の美しさを語った事があった。
ベル……つまり鈴とローズ……薔薇をかけ、漆黒の鈴薔薇と表現し、少し絵を描いて見せた
事があった。
感動のあまりブツブツと念仏のような物を唱えていたのをわずかに覚えている。
そして……そのエプロンには漆黒の鈴と美しい薔薇をあしらったワンポイントが刻まれ
ベルローズとちゃっかり刻印まで入っている。
「そもそもベルローズって薔薇は実際にあって、ピンク色なんだよな……」
「何か? こちらのお召し物、いかがでございますか?」
「似合っていると思うぞ。アメーダは奉仕活動をよくするから、エプロンが気に入ったのか?」
「こちらはルーンの町を少々拝見したときに、おすすめされたものでございます。アメーダの役割や
好みを伝えると、熱心に進めてきたのでございますよ。汚れてもすぐ洗えるという一品でございますね」
「あーははは……似合ってるからいいんじゃないかな。それで、なぜそんな恰好を……」
「お忘れでございますか。そちらの方と親身になり、本当のお名前を聞くのでございましょう?
でしたらパーフェクト・ティー・タイムが必要ではございませんか?」
「パーフェクト・ティー・タイム? 何でそんな言葉知ってるんだ」
「あなた様は読みやすいのでございますよ」
「人の考えを勝手に覗くな! そんなんで好感度が上がるのはゲームの話だぞ!」
「さっきから二人で何ブツブツ言ってるんだ。それで、お前の話ってのは」
「いや、少し待ってくれないか。飲み物を提供したいらしいんだ」
「……飲み物? 今日あったばかりのやつから飲み物なんてもらえないね。まぁ無機人の俺には毒なんか
効きゃしないがな。物理攻撃もほぼ効かん」
「スライムみたいなもんだって言ってたしな。斬撃も打撃もほぼ無効か。炎には弱いのか?」
「液体に炎が効くのはその火力次第だろう。並み大抵の炎も効かん。言っておくが東にいけば
そんな奴ゴロゴロいるぞ。わかってるのか?」
「いや……魔王種が多くはいるんだろうな。俺の老師も魔王種だし」
「……多少はわかってるようだな」
「だめでございますよ。この紅茶が入るまではゆっくりお話ししておいてほしいのでございます」
アメーダはどこから取り出したのか、容器と茶入れ、それにお湯まで用意してある。
お湯は別の入れ物にいれてあり、温度を調べているのか湯の入っている方の容器とにらめっこしている。
「あんた……それ一体どこにしまってたんだ」
「アメーダの肩のこの子の中です」
「ぱーみゅ!」
「あれ? パモ! いつの間に外にでてたんだ?」
「ぱみゅ?」
「最初からでございますよ。アメーダのここにいれておりましたので」
アメーダの服はフード状になっており、そのフードの中にいれていたようだ。
それを見たプリマが狼から手を放してパモにとびかかる。
「うひゃー、こいつもふかふかだ。なぁ、プリマのフードにも入ってみるか?」
「ぱーみゅ!」
あれ、そういえばプリマは一度もフードを取ってなかったな。
素顔を見るのは初めてだが……。
「あ……れ。何で獣人なんだ……」
「プリマは原初の幻魔と獣人とのハーフだぞ」
これは驚いた。こいつは純白の猫のような白耳がついてる。
どちらかというと猫というより……兎の耳か? いや、もっと長いな。
「ラングっていう絶滅した種族の耳でございますよ。あなた様が想像する兎というものに
とても近しい、愛らしい種族でございました」
「えっへへー。どうだ、よく聞こえる耳なんだぞ」
「驚いた。てっきりメルザと同じだと思っていたよ」
「おいおい。それはいいけどよ。なんでうちのピールがあいつにそんな懐いているんだ?」
「獣人だからじゃないか?」
「そんなわけねーだろ……こいつは狼族とだって仲良くはしねー。あのピールが腹見せてるとこ
なんて、俺の前以外では初めてだよ……考えるの、馬鹿らしくなってきたわ。茶、もらうよ」
「ふふふ。ルーンの町で見つけた素晴らしい紅茶というものをお出しするのでございます。
適温は七十度で六十秒でございますか。万事お任せを」
手際よく茶を淹れていくアメーダ。
こんな立派な執事、借りてよかったのか? シカリーに返したらそれはそれで凄く残念な気持ちに
なりそうだ。
「ふふふ、これぞパーフェクト・ティー・タイムに相応しい紅茶……でございます」