第六百九十七話 戦いの後に
「デカラビア。戻れ」
「ダンタリオンはよろしいのですか?」
「構わねえよ。どうせ直ぐ戻る」
「御意……」
デカラビアを収容すると、俺はあらゆる術を解く。
こっぴどくやられた。現状の俺だけの能力で戦ったら、まともに管理者とは戦えない。
「変幻ルーニー……戻れるか?」
「ホロロロー……」
「お兄ちゃん! ルイン……どうして」
「ん? ああ、大丈夫だ。断罪の剣は外傷を与えるもんじゃねえ。
己が抱える罪の意識を断つ剣。そいつが抱えてる悩みが多ければ多い程、精神的ダメージを一時的に与えて
たてなくする。だからよ、目が覚めたらすっきりしてるはずだぜ。異様な程にな」
「お兄ちゃん……そんなに悩んでたんだ」
「……あたりめえだろ。おめえみてえないい女を嫁にくれてやったり、可愛い弟が行方不明になったり。
こいつは兄として何もしてねえと思い込んで、自分をいさめ続けてきたんだろうよ。だからよ……」
サラはアルカーンを抱きしめる。本当は抱えてやりたいんだろうが、腹の大きくなった体じゃそうもいかねえ。
ニーメがとっさに出てきてアルカーンを抱えると、ゆっくりと持ち上げる。
「やっぱ僕のお師匠様は凄いね。ちょっぴり自信、無くしちゃったな。僕全然弱いままだもの」
「おめえが強くなる必要はねえ。おめえはアルカーンの跡を継いで、立派な鍛冶師になりな。
強さを追い求めるってんなら、鍛冶師をやめればいい。ニーメはどっちがいいんだ?」
「僕は……鍛冶をするよ。だって僕の夢は、お師匠様を越える、鍛冶師だからね」
わしゃわしゃと頭を撫でてやる……だがいつのまにかでかくなっていた。
もうこの行為は相応しくない。
ゆっくりとベリアルの力を解放し、自信の力へと戻る。
サラに言伝を頼むと、俺はつまらなそうに見ていたプリマと、満面の笑みを浮かべているアメーダを
伴い、ルーンの安息所へと戻る。
プリマは不服だったようで、疑問を俺に投げかけてきた。
「あの男はなんで最後、あんなに油断したんだ?」
「それが、兄妹だからだ。声を聴くだけで心が揺り動かされる。
それはきっと、魂の共鳴にも似たものなんだと思う」
「わかんないな。プリマには兄弟がいない。お前にはいるのか?」
「かつてはいたよ。だが……どうなんだろうな。俺も自分の過去がどうなのか、そこまではわからないんだ。
もしかしたら……」
「その先を考えるのは後でございます。明日、出率致するのでございますよ」
「そうだな。明日……出発しよう。メイズオルガ卿の許へ向かった白丕たちは戻ったか?」
「ええ。お戻りになっております。指示通りにお伝えしてあるのでございます。
後はルジリト殿がうまくやってくれると思うのでございます」
「こちらもアルカーンの勝負に勝ったからな。言うことを聞いてくれるだろう。
ブネは不服に思うかもしれないが……まぁ受け入れてもらうとしよう」
「目的地には誰が行くんだ? 当然プリマは行くぞ」
「ダメだって言っても無理やりついてくるだろ……行くのは俺とアメーダ、プリマ、それにパモかな」
「後は全員置いていくのか?」
「おいていくってより、やることが多いんだ。メイズオルガ卿と対談していきたい所だったんだが、そうも言ってられないから采配はルジリトに任せる。町の復興と街道の敷設、それからできれば鉱山の
モンスター退治に物価協議、それから治安強化部隊の設立に資源の提供……」
「う……考えただけでも頭が痛くなるぞ」
「シカリー様にもお話をしておいたのでございます。少しだけ手を貸してやる……とのことでございました」
「そいつは助かる」
「プリマだけ何もしていないみたいじゃないか!」
「そこで一つ頼みがあるんだが……歪術ってのはかなりの範囲を移動できるものなのか?」
「そんなにどこにでも行けるなら、プリマも暇はしてないぞ」
「実は以前、エプタの話で……」
俺が目的となる場所を告げると、プリマはコクリと頷き、可能だという事をアピールする。
次の目的地は決まった。
明日旅立つ前にどうしても挨拶をしなければならない人物がいた。
――――「先生、いるか?」
「ルインさん! いるも何もなんですか、あの無茶な戦い方は! アルカーンさんを見て心臓が口から
飛び出るかと思いましたよ!」
「いや、悪い。説明とかする以前に浸かった事が無い技だったんで……」
「ぶっつけ本番で味方にとんでもない技を使うのはやめてください!」
「はい……反省してます。すみませんでした……」
「それより……メル。おいで」
「……はい。あのー、ルインさん……ですよね。私、メルフィールです」
それは以前、バルバロッサの町で体が石化していた女性。
やせ細り、力ない声だがこちらを見て精一杯微笑んで見せた。
先生に傍らへ座るよう指示を受け、ふらつきながらもゆっくりと腰を下ろす。
そして先生はメルフィールの手を取り、診断していく。
「大丈夫、順調に回復しています。そして……メルフィールが助かったのは
あなたのお陰です。本当に感謝してもしきれない。ずっと諦めていた。
彼女を戻す方法を。もう二度とこうして話す事もできないと。
それに、メルフィールのことだけではありません。ここには私を必要としてくれる多くの方々がいます。
医者として、これほど嬉しい事はありません。本当にありがとうございます」
「私からも、お礼を。命をお救い下さりありがとうございます。
お返しできるものも無いばかりか、お金だって私にはありません。どうやってお支払いしていけばいいのでしょうか」
「支払いっていうのは? 何か代価が必要なのか? あなたを治療したのは俺じゃない。
手伝ったのは俺の仲間の気まぐれ。そして治療したのは先生ですよ。
この場所は先生が治療を行ってもらうために用意した場所。むしろ対価を払うのはこちらの方です。
先生にどれほど救われた事か。俺がもし何か要求するとしたら、それは先生が幸せな顔でいられること。
そして医者として臨むようにできる環境を確立すること。それくらいのものです」
「しかし、食費や家賃だってバカにはならないじゃありませんか」
「それを気に病むようであれば、メルフィールさんが体調を治したら、先生と共に治療院を手伝うなり、そうでなければ料理を作ったり、作物を育てたり、工芸をしてみたりすればいい。
ちょっと力が有り余ってるスピアより、よっぽど繊細な作業もできそうだし……」
「くっ……あははは。ルインさん。それはさすがにスピアに悪いですよ。あの子はとてもよく働いてくれて
ますからね。でも、ルインさんの言いう通りです。その……お恥ずかしながら聞いて欲しいんです。
ルインさんがいる今こそ……私は勇気を持って言えます。メルフィール。私と結婚してもらえませんか?
もうあなたとあえなくなるなど考えたくはない。私があなたを幸せにして見せますから……」
「先生……人が悪いのは先生の方だ……俺がいる時にって、あー……メルフィールさん、顔真っ赤だよ。
倒れてもしらないぞ」
「!? これは失礼しました。メル、急いで横になって……」
「あの、はい……」
「うん。急いで横に……」
「その、そうではなくて……私でよかったら……その……お嫁に……」
「ふふっ……よかったな先生。それじゃ。俺は明日にも発つ予定だ。後の事は頼むよ」
「ルインさん……はい。こちらは安心して行ってきてください。
奥様方に何かあっても……」
「いや、そちらは大丈夫だ。手を打ってある」
「……?」
幸せそうな空間を後にし、俺はもう一つ。
ブネの許へ行く。
「まさかカイロスを倒すとはな。成長したものだ」
「カイロスね……俺が倒したのはアルカーンだ。無慈悲な管理者であれば勝てるはずはない」
「……そうか。明日、向かうのだな。聞いていた通りに行動はしてやる。
だがなるべく早く戻るようにな」
「わかってる」
「ほら、しっかり名残惜しんでいけ。メルザも寂しがっておるだろうし」
「ああ。メルザ、お前に再び会う前に。すべてのやる事を成し遂げよう。
だから今一度待っていてくれ。もっと成長して、俺は必ず戻って来る」
ブネの腕に誓いを立て、俺はその場を後にする。
ルーンの町に植えた桜の木。
花はまだまだ咲かないが、他を思う懐かしさを木に感じる事は出来る。
流れる時に思いを寄せ、俺は笹笛を桜の木の上で吹いていた。