第六百七十八話 ルイン、一人で空を飛ぶ
「この穴か……随分狭いな。確かに風の流れが異様に強い。あらかじめ石を握っておくか」
アメーダに渡された石を左右に持ちながら、上空にあった穴へバネジャンプで飛び、中に入る。
ヒューヒューと吸い込まれるような風の音を聞きながら、匍匐前進する。
俺でギリギリなら、エレギーなんかはつっかかるだろうな。
「あれ、なんか風が急に強く……うわああああああ!」
進み始めて数分。急激に風が強くなり、風に飲み込まれるような形で外へと押し出され始める。
あまりの風の強さに驚いた。どうなってるんだ、これ? 壁側に何か仕掛けでもあるのか?
しかしこの感覚……随分昔にモラコ族のムーラさんと地下から外へ出る時と少し似ているが、あれより断然
速い!
「うおおおお! 垂直に登ってる!」
ギュイギュイと俺を吐き出そうとするような風はどんどんと強まり、俺を垂直に引き上げ……
パシュッと遥か上空……なんてレベルじゃないほど高く打ち出された。
「石、事前に握りこんでおいてよかった……高っ……雲より随分上だ。こんな高さまで
到達できるのは凄いな」
俺は、両手に持つ石の影響で、風に流されつつ、雲の上を飛んでいた。
凄い綺麗な世界が見える。それと同時に……。
「怖っ……高すぎる!」
当然だろう。パラシュートを背負っているわけでもない。
以前下にトウマを出して飛び降りた事もあった。
トウマが幼竜になって死ぬかと思ったが、あの時よりはるかに高い場所だ。
当然トウマは出せる、出せるがこんなところで出したら大変だ。
「考えてる場合じゃないな、方角は……あっちか。どうやって向きを変えるか……お? おお?」
現在の俺の姿勢。それはスーパーマンのような手を前にだし進む恰好……などではない。
両手を横に広げたマネキンのような、釣り糸で操られたマリオネットのような恰好。
言うなれば正月にあげるタコのようなものだ。
決して俺がタコというわけではない。
横向きになってスーパーマンのように進む? 不可能だ。
「足から風をジェット噴射出来る装備とか、あるわけないよな……いやライラロさんなら或いは……
さてどうするか。剣も出せない。そうだ! ルーニー、俺を引っ張ってくれないか?」
「ホロロロー?」
「初めての指示で戸惑っているのか……大丈夫だ。今の俺は軽い」
ルーニーは小首を傾げながらも、俺の肩に足を乗せて引っ張り始めてくれる。
実に微妙な恰好となった。
俺はまるで鳥に連れ去られそうになっている、両手を水平にして伸ばした怪しい人物だ。
誰かに見られたら確実に指を差されるだろう。
だが気にしてはいけない。時間が惜しく、考えている暇も無い以上はこれがベストだ。
「いいぞルーニー。さすがだ。そのままルジリトたちが向かった方面へ急いでくれ」
「ホロロロー!」
遥か上空を進む俺とルーニーの壮大な旅が、今始まろうとしていた。
「……あれ? もうほぼ真下じゃないか? これ。あの小さく見える山脈の麓って話だよな」
「ホロロロー?」
「お前に聞いてもわからないか。少しずつ高度を下げるには……どうしたらいいんだ?」
「ホロロロー?」
「……アメーダのやつ、もう少し説明してくれてもいいだろ……でも少しずつこの石の使い方が
わかってきたかもしれない。横に伸ばしている片手を少し上にあげると下降できるのか。
上に上げても……やっぱあがらない。つまり上空からじゃないと使えないんだな、この石は」
突発的な出来事の連続で多少の混乱をしたものの、無事辿り着けそうだ。
しかしこの恰好で降りるの、目立つな……。