第六百五十八話 多くの者を守りながら
結局その日は皆どんちゃん騒ぎのまま、各々眠りに着きたそうだったので、明日大事な話があるとだけ
伝えて、一人片付けを黙々とこなしていた。
随分と家を空けた気分だったから無性に手伝いたくなってしまった。
ファナやサラ、ベルディアが、自分たちがやると言っていたが、黙って座らせる事にして
手際よく片付けをした。
俺は父親になるのだが、父親らしいことはまだ何もしていない。
金を稼いできたわけでもなく、勝手に死にかけていただけだ。
こんなことだけで父親らしくできているとはいえない。
「安全の確保と食糧需給の安定、それに子育てか……」
「悩みが多いようですな、主殿」
そう話しかけてきたのはルジリトだった。
ドーグルとは違う意味でとても頼りになる仲間。
そうだな……役割としては適任だろう。
この辺りは、ルーンの町へ戻れたら確認することとして覚えておかなければならない。
「もしルーンの町に戻ったら協力を仰ぎたい。力を貸してくれるか?」
ルジリトは丁寧にお辞儀すると、その意を受けてくれた。
今後は四幻の力を大きく借りる事になるかもしれない。
幻魔界……広く見てこれたわけでは無かったが、心強い仲間が増えたのはありがたいことだ。
その日は一通り片付けを終えると、女性陣は全員ブネの手を示し、おやすみを告げて眠りに行った。
本当によく……わかっている。
皆色々思う事はあるのだろう。
でもやっぱりメルザがいない俺を案じてくれている。
もう一つ大事なやる事があるよな。
「名前……決めないと。一人ずつ話し合うか」
そう考えつつも、ブネの許しを得てメルザの腕へと触れる。
それは共鳴なのか、思いのたけなのか、それとも幻魔の力なのかはわからない。
そのまま倒れるように眠りに着いた俺にははっきりと、メルザの姿が見えていた。
――――翌朝、気づくと毛布が掛けられ、ブネの姿は無かった。
いい夢を見ていた気がする。
そして悲しい夢を見た気もしていた。
「起きてるっしょ。皆集まってるよ? 大事な話、あるんでしょ」
「ベルディアか。おはよう。お前を見ていると本当に元気が出るよ」
「な、何言ってるっしょ!? 恥ずっ。でも今は二人きりだから……いいよ」
目を瞑って接吻を要求している仕草を取るベルディア。
これは……参ったな。どうするか腕を組んで悩んでいると、待ちきれなかったのか
押し倒して軽くキスをされた。
そして……「へぇ……こっちが我慢してるのになんで朝からイチャイチャしてるわけ?」
「あんた、お腹大きいのに飛びつくとかどんな神経してるわけ? 吊るす?」
「えっへへ。早い者勝ちっていっつも言ってるのはサラの方っしょ」
「あんたが一番いい位置にいて呼びに行きやすかっただけなんだからね!」
「ちょっと三人共、落ち着け。お腹の子供に響くといけない。全責任は俺だ。
だ、だから三人共平等に……」
へ? といった顔を取るファナとサラ。
俺だって父親になるんだ。
妻のフォローくらいしっかりする。
「恥ずかしいので一人ずつにしてもらえませんか?」
当然全員に爆笑されたので、一人ずつ軽くキスをしてお開き。
米国風? だとこんな感じだよな。家族って。
「ルーンの町に戻ったら皆で、名前を決めよう。俺一人で決めていいものじゃないだろ?」
そう言うと三人共顔を見合わせてくすりと笑う。
「そうね。そうしましょう!」
「ふふふ、やっぱ思った通りだわね」
「本当、男の見る目、間違わなくてよかったっしょ。うんうん」
その笑いの意味はわからなかったが、その後は皆を集めて今後の話をした。
俺は朝一番で老師の様子を見に行くと、こちらはかなり元気になっていたようで、そのまま
隊員手続きをして老師もこちらへ連れてきた。
怒られるかなと思ったけれど、どちらかというと諭されてしまった。
やっぱり老師にはかなわない。
その後、ジェイクやレッジたち、さらには……あの女将さんまで店をたたんで行くという話。
この下町一番の人気店がうちに来るとなれば大騒ぎだろう。
メイズオルガ卿との話も合った。
正式に……国交を開くチャンスかもしれない。
「かなり急な話だ。道も険しいし、気を付けて出発しよう。勿論一度向かって
また戻ってくるという手もあるが、道中のモンスターなどを考慮すると街道整備が先だろうな。
そのあたりはルーンの町から手配できるか検討しよう」
「まずは安全にたどり着けるかよね。女将さん、大丈夫かな?」
「それは心配ない。必ず守る。俺たちで」
結局各々の支度もあり、出発は午後過ぎとなった。
目指すは廃坑奥の泉。それとビーの許へ。
それが終わればいよいよ、大陸横断だな。
大勢を守りながら目的地へ向かう旅……これは初めての体験となるだろう。