第六百五十二話 久しぶりの下町
それから一日程移動をした後、俺たちはアースガルズの二十領区付近にたどり着いた。
巨大城に跡形もなく押し流され、瓦礫、残骸の山となっていたであろうここは、草が生い茂る
緑の場所となっていた。
ここまで来ると、気温は低いが雪は見当たらない。
あれだけいたモンスターも見当たらず、静けさが漂っている。
この場所に用は無いので、さっさと移動を考えたが、道は悪いため白丕と彰虎では
移動が困難。
ここで怪我を負っているにも関わらず、リュシアンが手を挙げた。
「あたすが運ぶよぉ。少しでも役にたてればええけんども」
「無理しなくても……って竜形態になると随分大きいんだな」
「やんだ恥ずかすぃからじろじろ見ないでけろ」
「あれならツイン様と私で乗っても平気そうでございますね」
「さぁ乗ってけんろ。あんまり長時間は飛べないけんども」
「……わかった。ありがとうリュシアン」
俺とアメーダは美しいシアンの竜に乗ると、大きく翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がる。
セーレとは乗り心地がまったくちがう。抜群の安定感と速度を誇る。
これはセーレも見たら負けてられないだろうな。
さすがに竜が下町のど真ん中に降り立ったら騒ぎになる……いや、もうなっているかもしれない。
なるべく離れた、港付近に降ろしてもらうことにした。
二十領区から港までの距離が極めて短く感じてしまうほど、直ぐに到着する。
「ありがとうリュシアン。いい乗り心地だったよ」
「あんれまぁ、褒めてもらったら嬉しぅて恥んずかしいよぉ」
そう一言いってさっさと封印に戻ってしまう。
このギャップに慣れるのはしばらくかかるだろう。
あたりが騒ぎになり始めたので、アメーダと共に隠れながら下町エリアに紛れ込んだ。
「まずは酒場だな」
「お酒を飲むのでございますか?」
「いや? 死霊族でもこの辺りまではわからないのか」
「私が認識しているのはあなた様が行いたいと思う事柄に対しての返し……でございますから」
「確かに今、酒場に行くか……ということしか考えていなかった。つまり俺の思考を読んで、それに
準ずる内容を読み、それを返せる……という力なのか?」
「少々異なります。それに全てというわけではございません。ですがそれに近しい事が死霊族には
出来るという事でございます」
「聞いただけで恐ろしい能力だ。嘘をつくのは好ましくないとあの時言ったのは、嘘を言っても無駄って
事だったんだな」
「そういう事でございます。特にシカリー様は嘘をつかれるのが嫌いでございますからね」
「気を付けるよ。それじゃ今ならもう、酒場に行く理由、わかるよな」
「ブネ……ですか。苦手な相手でございます。奥様方はどなたもお美しいのでございますね」
「顔までわかるのか?」
「あなたが想像した本当のお名前。お名前がわかれば対象を読み取る事ができるのでございます」
「……はぁ。お手上げだな。ブネにも怒られそうだ、名前を言ったことを」
「やはりイネービュに口止めされていたのでございますね。ふふふ、揉めるつもりはございませんよ」
想像しい下町の人込みを躱しつつ、賑わいを見せる酒場へ到着する。
ここまでは被害が及んでいなかったのは本当によかった。
しかし……なんでこんなに行列ができてるんだ?
「凄い賑わいだな。この時間はただの食事処のはずだけど」
「おい兄ちゃんと姉ちゃんよ。ちゃんと並べや! ずるはいかんぞ!」
「そうよそうよ! 割り込もうったってそうはいかないんだからね!」
「お腹空いたな……はぁ。今日もいるかなあの綺麗なお姉さん」
これは……正面切って入るのが難しい状況だ。入り口は一つしかないし、並ぶしかないか。