第六百二十一話 暴れる者たち
それは想像を絶するような戦いだった……。
ベリアルはアビシャフトを招来すると、その力を増幅させ、朱色のエレメンタルを
なぎ倒していく。
エレメンタルが割れたそばから直ぐに朱色のそれはエレメンタルを展開。
さらに辺り一面を朱色で染めようとするが……徐々に徐々に、青色のヒトデ群も
数を増していく。
「本体は物理攻撃無効。だが妖術ならよく効くだろ?
妖黒海星……こうか。牝牛の渡渉の黒きアブ、海嘯」
ベリアルの手先から巨大な黒いうねりが数十メートルのアブ蛇となり、黒い水を纏いながら
朱色のそれへと向かっていく。
急ぎ上空へ飛翔して回避を試みるが、後ろを追随して迫って来た。
覚悟を決めたのか防御態勢に入る。
「我ここに死を免れぬと見たり。願わくば安寧の地、求める心、ここにあり」
「殺しはしねえよ! おとなしくさせるだけで十分だぜ!」
勢いよく襲い掛かる黒きアブ蛇に飲み込まれるように、朱色のそれは全身で受け止めた。
途端、辺りを焦がす朱色の炎も忽然と消えてなくなり、青色に蠢くヒトデ群と、アビシャフトだけが残った。
――――俺なんかより、ずっと戦い方もうまく、調整もできてる。
そう強く感じてしまった。
いっそ、これならもう――――。
「――――ああもううるっせえなうじうじしやがって! ぶっ飛ばすぞおめえ!」
「……好きにする決定権はあなたにあり」
「おめえじゃねえようるっせえな! だーー、どっちに言ってるかわかりゃしねえ。めんどくせえな。
おめえは俺に取り込まれろ。襲った理由はそっから聞くからよ。こっちは急ぎなんだよ。
おめえから来てくれて助かったっちゃ助かったがよ」
「……何の話をしているか、さっぱりわからない」
「……その前にちょっと来い」
朱色のそれを担いだベリアルは、急ぎルジリトの許へと向かう。
こちらは必死に治療を終えたところのようで、かなり疲れた表情を浮かべる猫眼の者がいた。
「おい。ルジリトだったか。急いで服を持ってこい。これのサイズに合うやつだ」
「なんと!? 本当に倒してしまわれるとは……しかし服も何も燃えてしまっては……いや、この衣で
良ければ使ってください。あなたはもう、私の主人でもありますから」
「ほう。気が利くじゃねえか」
朱色のそれは裸の美しい女性となっていた。ルジリトに投げ渡すと、服を着せるよう指示をし、自分は
後方に待機させていたジェネストとクリムゾンの許へ向かう。
「一体どうやって倒したのですか。あれは異質な存在だったはず。攻撃という攻撃が効かなかった」
「相性の問題だろうな。俺の形態はこのバカと一緒で水だ。扱いは俺の方が上だが今のこいつでもこれくらいは本来出来るはずだ。神の言う事をいちいち聞いて、まともに戦わねえから苦戦すんだよ」
っ! お前は怖くないのか? 神に狙われる事が。
「はっ。怖くねえな。神だろうが悪魔だろうが何だろうが全ては無価値。俺たちに取り込まれて初めて価値あるものとなる。それがベリアル。俺もお前も他者の力を最高に高められる特殊な存在だぜ?」
「……誰と話しているのですか」
「あのバカ野郎に決まってるだろ。てめぇ自身を弱いと決めつけ、力の使い方を見誤ってる、バカ野郎にだよ」
「殿方殿に……今一度交代してはもらえぬだろうか」
「……今は無理だな。こいつは自暴自棄になってやがる。あのオズワルとやりあった時、あれが魔の最大だと
勘違いをし、自分は俺より弱いと決めつけやがった。まぁ俺に勝てるやつ
なんざそうはいねえが……俺とこいつ。どっちも魔の最強を目指せる存在だ。悪くねえ、悪くねえな……」
「……そろそろ真化を解きなさい。その状態、危険でしょう」
「まぁ、そうだな。感情がいい感じに高ぶるぜ。さて、後一匹か」
「それについてだが……少々提案がある。聞いて欲しい」
クリムゾンは地面にどかりと座ると、何かを書き始めた。