第六百十四話 嫌ぇだよ
「毒は入ってねぇ見てえだが、材料の得体がしれねぇな……」
「美味しいだ! もっと食べるだ!」
「食べながら口を開けるでない! ……しかし本当に美味だな。代替わりしたと
聞いたが本当なのか?」
「ふむ。おかしいですな。聞いた話では潰れる寸前だったと聞いていたのだが」
「これでか? そいつがホラ吹きだっただけだろう」
「どうでしょうね。やはり違和感があります。この場所は」
食べても食べきれない程の食糧が出てくる事に疑問を呈するジェネスト。
少し考え込むクリムゾン。
そんなことは全く気にする素振りを見せない少女二人。
全てつまらなそうに外の景色を見ながら食べ物をかじるベリアル。
しばらくすると、入口にいた猫目の案内役が来る。
「いかがでしたかな。こちらの食事は。甘味もありますので直ぐにお持ちしますが……」
「ああ、美味かったんじゃねえか。それよりよ、一つ聞きてえんだが」
「はい? 何でしょう」
「移動してるみてえだが、俺たちを何処へ連れていくつもりだ」
「……はい?」
「同じことを言わせるつもりか?」
「……わかっていて大人しく食事をされていたと?」
「そうだ。道は進んでるようだったからな。急いでいる身としちゃありがてえな。
幻中の白の許にでも連れてってもらえるんだろうな」
「これはこれは……そこまでわかっていてそのまま逃げださないとは……随分とまぬけな
客人のようだね。食った分、その大層な装備を置いていってもらおうか」
「ん? おめえこれが欲しいのか?」
どさりとラーヴァティンを取り出して地面に転がす。
少し奇声を発しているような音がし、黒いモヤがあふれ出てくる。
「……これは! どう見てもただのアーティファクトじゃありませんね。
頂いてもいいのですか?」
「まぁ触ったら多分死ぬぞ、お前」
「なっ……」
「それより早く甘味処をもってこい。そしたら少しくれぇ装備をやってもいい。
その幻中の白とやらに献上しないといけねえんだろ? 食った分くれぇは出す」
「……只者じゃないようだな。いいだろう。奪うより交渉といこうか。
私は猫目のルジリト。幻中の白様にお仕えする猫目鬼族。分け合ってここで客引きを
している」
「なんだ、白の部下だったのか。それなら丁重にもてなして欲しいものだ。
私はゲンビュイ。幻浅の玄、本体だ」
「なんですと? 嘘を申されるな。このような小娘が?」
「おめえらの頭は本体同士会ったこともねえのか」
「それは私の知るところではない。しかし白様よりそれぞれの話を聞く限りでは、山の
ような奴だと……」
「まぁ山のような奴ってのは間違ってねえな。山ほど食うしよ」
「ばかを申すな! 私は山ほどなど食うてはおらぬ!」
「おめえ、そんだけ食っといてそれ言うか? ナナーも驚くほど食ってたけどよ。
余程気に入ったみてえだから俺の部下にもっと食わせてやれ。後、団子持ってこい」
「……本当に幻浅の玄殿というならもてなさぬわけにもいかん。直ぐ、持ってきましょう。
団子……はありませんが」
「ちっ。まぁいい。早くしな」
ルジリトは猫目を細めるとその場を後にした。
ふんっと鼻息を鳴らすと再び竹林を見るベリアル。
「なぜ移動してるとわかったのですか?」
「俺の目はあいつと同様、特殊なのさ。見えねえものが見えたりする」
「殿方殿とあなたは何か結び行くものがあったのかもしれぬな……」
「……けっ。俺はどうあれあいつは俺を嫌ってんだろ」
「そうでした。あなたに言わなければならないことがあります。
ルインからの言伝です。助けられるのが嫌なんじゃない。お前に負けるのが嫌なだけだ。
だそうですよ」
「……ふん。俺だって負けるのは嫌ぇだよ。誰よりもな……」