第六百五話 ベリアルとナナー
アスピドケローネから降りた一行は、藁葺き屋根の小屋がある場所へ歩いていく。
外には紅色の大きな傘と座る場所がある。
扉は無く、室内に明りも灯ってはいない。
「おや、留守か?」
「……いえ、いるようです。ですが……」
「らっしゃいだ! お客さんだ! よくきだ!」
「子供……か?」
「角眼鬼族です。幻魔界には少数生息しています」
「君は確かゴンゴ殿の子供の……」
「ナナーだ! お客さんだ! でも……でも」
「どうした? ゴンゴ殿は不在か?」
小さな一本角には目があり、その目が悲しげな形へと変わる。
少女は薄い紅色の髪に、同じく薄紅色の胸を隠す衣装と、短いスカートを履いているだけ。
どれもボロボロだった。
そして、父親の名前を出すと下を俯いてしまった。
「まさか、亡くなられたのか」
「父ちゃん。死んだ。ナナーは一人だ! でも平気だ! 食べ物くらい作れるだ!」
そう言うと走って小屋の中へ入っていく。
ベリアルは腕組みをし、近くにある椅子へ腰を掛けた。
「おいおい、ここまで来て何も食えねえなんて事はねえだろうな」
「どうかな。あの子供に食事が作れるかどうか……」
「こんな場所にあの子供一人で生きていけるのでしょうか?」
「無理だな。数日以内に死ぬだろう」
ナナーは小屋から直ぐにかけつけて出てきた。
お盆を手に持ち、その上には飲み物を入れる容器と皿が乗っている。
その皿の上には……得体のしれない食べ物が乗っていた。
「待たせただ! これ、作ってきた! でも……でも」
「ふん。食わせろ」
「あっ……」
ひょいっとつまんでそれを食べるベリアル。
バリバリボリボリという音を立てながらあっという間に飲み込んでしまう。
「ふん。うまかったぜ。だが足りねえ。奥に案内しろ。俺が作る」
「あ……わかっただ。こっちさ来て欲しいだ……えへへ。美味かった……美味かった……えへへ」
奥へ行く二人を見て驚いた表情を浮かべるジェネストとクリムゾン。
「あれは、どう見てもまともな味には見えませんでしたが……」
「ふふっ。やはり……あの御仁も殿方殿なのだろう」
しばらくして戻って来たベリアルは、さらに大きなお盆を片手に持ち、肉をかじりながら
戻って来る。
お盆を雑にジェネストたちの前に置く。
「食え。おめえもだよガキ。そして味を覚えろ。おめえの料理も悪くはねえが、こういうのを
真の料理というんだぜ」
「ナナーも食べていいだ? 本当にいいだ? ……嬉しいだ……」
「ふん。茶屋で仕事をするなら、これくらい最低でも作って見せな」
ベリアルはどんな材料を使用したのかもわからないが、見事な色合いの料理を持ってきていた。
香りも食欲をそそり、ナナーは夢中になって食べ始める。
「そういえば彼も料理は得意でしたね」
「そうだったのか。殿方殿にもそのような特技が……やはりここではなく、地上へ行くのもいいのかもしれぬな」
「美味しいだ……今まで食べたどんな料理よりも美味しいだ……」
「しっかし茶屋なのに団子の材料が一つもねえ。俺はな、団子が好きなんだよ。
期待して損したぜ。それでガキ。おめえ、一人でこれからどうしやがるつもりだ?」
「ナナーは、お店をするだ。来てくれるお客さんにご飯を提供するだ。でも……でも」
「おめえよ。そのでもって言いながらうじうじするのはやめろ。はっきり言え」
「ナナーは……多分生きていけないだ。材料を取りに行けないだ……」
「んじゃ、ここで死にてえのか?」
「ナナーは、死にたくないだ。この美味しい料理を覚えて、作りたいだ」
「まさかベリアル殿……」
ナナーがそう告げると、ベリアルはナナーの頭に手をやった。
ナナーの角の目は少し驚いていたが、嬉しそうな眼に直ぐ変わった。
「温かいだ……この手」
「おめえは今日から俺のものになれ。おめえを取り込ませろ。悪いようにはしねえ」
「……いいだ。ナナーはここにいても死ぬだけだ。美味しい料理、教えて欲しいだ!」
答えると直ぐに手の中へ吸い込まれていくナナー。
だが再び直ぐ目の前に現れる。
「あれ? ナナーはどうなっただ?」
「おめえはこれで俺のものだ。あいつのものじゃねえ」
「これは、驚き過ぎてどうにも言葉にならんな。魂を共有するものは使役できる者も別というわけか……」