第六百四話 アスピドケローネ招来
茶屋があるという場所まで向かう事になったベリアルたち。
茶屋は庵から離れており、船を使用するとのことだったが、近くに船など見当たらない。
「んで、一体どこにありやがるってんだ」
「そう慌てず……呼んでまいります故」
「呼ぶ? 誰をだ」
「主として権限を行使。幻の斗。改元せし一つの理。アスピドケローネを我が許に」
「ギキエエエエエ!」
地面へ十指の剣を突き立て詠唱をするクリムゾン。
すると……巨大な浮島の如き亀が目の前に現れた。
「招来される者が招来術を使うのかよ。しかしこいつぁなかなかよさそうな乗り物じゃねえか」
「アスピドケロンとも申す。気性は少々荒いが、乗り物でもなければ立ちどころに瘴気で覆われてしまいますからな。さぁ参りましょう」
アスピドケローネの背に乗ると、奇声を発しながらゆっくりと動き出す。
外の景色は薄紅紫色に染まっており、奇妙な鳥類モンスターや、虫なども多く見受けられる。
毒々しい色の植物や、血のような色の池もある。
道からは時折ガスが噴射し、視界も悪い。
「中々にいい場所だ。奈落を思い出すゼ……」
「あなたは奈落に行った事があるのですか?」
「別に行きたくていったわけじゃねえ。死んだらそこへ連れてかれんだよ」
「なぜあなたは殿方殿と一緒に?」
「タルタロスの野郎が何を考えTそうしたのかは知らねえ。
俺をただ転生させても意味がねえし、消滅させようにも消えねえ。
都合がよかったんだろうよ、こいつの魂がな」
「それは一体どういう意味なのか、詳しくお聞かせ願いたいが……」
「ふん。話してやる義理はねえが……いいだろう。こいつはどこかの神によって相当な不幸を
歩ませる予定だったみてえだ。それが気に入らねえのか、或いは何かの計画か。
タルタロスはそれをよしとはしなかった。捻じ曲げるために使ったのが俺の魂。だが、不幸の道筋を
少し変えただけで、こいつ自身は不幸極まりないままだっただろうがな」
「つまり……あなたの存在そのものが、殿方殿を大きく変えたわけか」
「まぁこいつ自身は納得しねえだろうがよ。正義感溢れるお坊ちゃんみてえな奴だしな。
魔人ベリアルの半身ともあろうものが情けねえ」
「ではなぜ、その情けない者から体を奪おうとしないのですか?」
「……ちっ。察しのいい女だな。嫌われるぜ、その性格だとよ」
「別にあなたに嫌われても構いません。私にはディーン様だけがいればいいのですから」
「おまけに素直じゃねえな……」
「二人とも。そろそろ茶屋につく。支度を」
「邪魔をしないでくださいクリムゾン。さぁ答えを」
「俺の力だけじゃ倒せねえやつがいるからだ。その時にこいつの力は都合がいい。
おめえらも見た通り、俺は自分の力じゃねえ他者の力を引き出す事を得意とする。
だがよ。俺と相性の悪いやつだって当然いる。つまりだ」
「殿方殿と相性のいい者たちの力を使って、何かを企む……か」
「……おめえは逆に深いところまで読んできやがる。俺がそう言わずとも答えを読んでいやがったな。
気味が悪いぜ」
するりと剣をベリアルに向けて構えるジェネスト。
少し低い声でゆっくりと口を開く。
「あなたが少しでもおかしな行動を取り、敵対するようなことがあれば容赦はしない」
「ククク。おめえはまさか俺にかなうとでも思ってるのかよ。気性の激しい女は嫌いじゃねえが……安心しな。おめえもこいつの一部。手出ししたりはしねえ」
「その言葉を信じろとでも?」
「ああ。おめえを仮に殺せば、こいつは俺もろとも自害する。それは間違いねえだろうな……」
「確かに。殿方殿ならそうするかもしれない。そういう気性の持ち主だ。さぁ茶屋へ参ろう。
口にあうかはわからぬが」