第五百七十四話 権力者の反省
バンドール伯爵の件に関してはコーネリウスに一任することとした。
本人は十二分に恐怖を感じたらしく、アネさんを特に恐れている。
無理もない。凍死程恐ろしい死に方を考えれば、焼死、溺死くらいしか思い浮かばない。
転落死と挙げるものもいるだろうが、苦しみ方が尋常ではないものは上記の三つ。
さらに追加するなら刺殺だろう。
「バンドール伯爵。フィルミナとエルゲンの件は頼みましたよ」
「わかっておる。私の大切なコーネリウス……いや、もういい。コーネルは残された唯一の家族。
私が間違っていたのだ……大人しく婿を迎えられるよう努めることにする……
コーネル。今まで、すまなかった。無能な乳を、許してくれるか……」
「あなたはいつも口ばかり先に立つ。その言葉を今更信じられるとでも?
信じさせたいのなら行動で示すべきだ。私は彼らについていく。だからあなたはあなたにしか出来ない事で
私たちを支えて見せて欲しい。それが出来たなら、少しはあなたを信じてもいい」
「ああ、わかった。お前は止めて聞くような娘ではない。三十一領区へ行くのだったな。
これを持っていけ。直ぐにシッダルト侯爵へ面会できる」
そう告げると、赤いコインを手渡すバンドール伯爵。震える手を必死に抑え込みながら
コインを渡した。
凍傷部分は直ぐ先生が治療してみせたが、恐怖からくる震えはそうたやすく止まるものではない。
自分が蒔いた種。そして身に余る身分なのだろう。
器はどう考えてもブシアノフ男爵やコーネリウスの方が上だろうな。
「なぁ、コーネ……ル」
「今まで通りコーネリウスでいい。君たちは命の恩人。私ならもう大丈夫。薬も十分に効いたようだ。
それに、私が暴れないよう、守ってくれていたのだろう? あの時ずっと、安らぎを感じていた。
君には不思議な感覚がある。海の底より悲しい感覚、そしてとても大きな世界の感覚。
そんな感覚が私の激しい衝動を抑えてくれた。そんな気分だった」
「この捕縛網を使うのは久しぶりでさ。俺にもどんな効果が出るのかよくわからないんだ。
だが、そんな安らげる効果が本当にあったなら、よかったよ」
コーネリウスに手を貸すと、急ぎ馬車へと戻る。
追加で手配してくれた馬車もあり、そちらへもサーカス団のような飾り付けをつけた。
先生、スピアーとも合流し、かなりの人数となった俺たち。
アネさんには再び封印に入ってもらい、出発の準備をしていると、エプタとブネが話しかけてきた。
「おい。ちょっといいか。あのコーネリウスってやつに盛られた薬についてだ」
「グールパウダーのことか? 出所がわかったのか?」
「あれはもっと上の代物。アンデッド化した魂を抜き取る、狂神兵を作るための道具だ。
名前をゲルンズスピリチュアラーという。神の手による創作物でも危険極まりない代物だ」
「ゲルンズスピリチュアラー? そんな物騒なものを、なんでコーネリウスの取り巻きがもってるんだ」
「わからん。だが地上にて入手するなどほぼ不可能に近い代物だ。
下位神では創造できぬもの。上位神の天使がもちよっても、堕天は逃れられぬ。
つまりだ。中位以上の神絡み。しかも悪神で間違いない」
「……つまり、この国で暗躍しているのは神だと?」
「恐らくそうだ。用心しろ。神の遣い、神兵の強さはわかっているだろう?」
「それをお前が言うか? エプタ」
「うるせえな。忠告してやってるのによ」
「いや悪い。随分と深刻そうな顔だったからな。少し和ませようかと」
「けっ。やめたやめた。柄じゃねえ。ばったり出会ってくたばっちまいな」
「こう言っているが既にエプタは動いている。引き続き密偵は任せておけ。貴様は
貴様のやることを遂げろ。メルザが心配しすぎぬようにな」
「……ああ。ブネの口からその名を聞くと、重くのしかかるな……」
そうだ。さっさと終わらせねばならない。
ブレディーを復活させるため? そうじゃない。
俺は行動するたびに大切な事柄が増えていく。
知り得た者たちを放っておけない。
そういった信念の名の許に生きているのだから。
そしてそれこそが、我が主が認める俺という存在なのだから。
「全ては、我が主のために……」