第五百六十二話 お前など、兄弟と名乗る事すらおこがましい
「……そろそろいいだろ。本当に一人でついてくるとはよ」
「メナスさんはどちらですか?」
「連れてくわけねえだろ。最初からお前ら気に入らなかったんだよ」
「……」
「おいおいそんなにびびるんじゃねえよ。ちょっとだけいじめたら解放してやるからよ」
「ふうん。大した実力もなく、弱者を引き入れてはいじめてる、無能な息子か。お前はそれでも
メナスの兄弟か」
「おいてめぇ。今何て言った。あんなボロ傷不細工が兄弟なわけないだろ。ただのゴミだ」
「……お前など、兄弟を名乗る事すらおこがましい。クズが」
「……おいおい。ちょっとだけいじめて返してやるつもりだったが、覚悟はできてるだろうな」
「覚悟? お前にそんなものあるのか?」
「……ごはっ……」
深々と鳩尾に拳を叩き込む。先制するつもりはなかった。
だが、エルゲンのにやけ顔と、自分の強さを誇示するような態度、そして何より
自分の兄弟を侮辱する様が許せなかった。
手加減はしたが、相当効いただろう。
「てっ……もう、殺す!」
「動くな」
「ぐっ……」
魔術詠唱に入ろうとした口を塞ぎ、喉元へナイフを一本突き立てる。
といってもこのナイフはサーカス用の小道具で、本物じゃない。
「一体……なんなんだてめぇ……なっ!?」
カランと見えるような位置に青色のコインを落とす。
「この青いコイン。なんだかわかるよな。俺はコーネリウス殿の命令で動いている。
ただの雇われだが、この意味、わかるよな」
「き、聞いてねぇぞ! 捕縛されたはず……やべぇ」
「……お前が密告者か」
「……くそっ。こうなったら! おおい誰……」
叫びそうになった口を塞ぎ、鳩尾に再度衝撃を与え意識を失わせる。
もっと早くからできたが、やらなくてよかった。いい情報が手に入ったな。
「変幻ルーニー! メナスを探せるか?」
「ホロロロー」
ルーニーを上空へ飛ばし、メナスを探させる。
さらにコウテイとアデリーも呼び出し、気づかれないように散策をさせた。
ルーニーは直ぐに戻ってきて、メナスの位置を示してくれた。
「以外と近かったんだな……バネジャンプ!」
上空へ飛翔し、ルーニーが示した窓へ片手をつけて中を見る。
その中には、泥だらけで擦り傷を負い、膝を抱え込み、下を俯いた銀髪の女性が一人いた。
ずっとそうしていたのだろうか。食事も恐らくとってはいないのだろう。
そして、この部屋はボロボロだ。
散々暴れたに違いない。そして……この狭い部屋で苦しんできたに違いない。
窓ガラスを軽くノックする。
少しだけ顔を上に持ち上げたメナス。
美しい顔に幾重もの傷。走り寄り窓を開けるメナスに向かって言葉を交わす。
「遅くなってすまない。迎えに来た」
「うっ……ああ、私なぞ、私なぞ……いっそ、もう死んだ方がいい……醜い私なぞいれば、きっと
迷惑をかける……私なぞ……ううっ……」
必死に自分の顔を隠しながら、前に踏み出そうとしているが、踏み出せないでいた。
これは……よほど酷な事を言われたのだろう。このままでは、まずいかもしれない。
「なぁメナス。顔を見せてくれないか。俺はお前の顔、美しいと思うぞ」
「何を……お前まで私を辱めるのか!?」
「いいや。正直な感想だ。ガラスってさ。綺麗だと思った事ないか?」
「それが何ぞ……」
「でもさ。このガラスって案外無数の傷があるんだよ。
色々な色で組み合わせたり、わざと傷をつけたりして美を飾ったりもする。知ってるか?
見えないだけなんだ。お前をさげすむ奴は、メナスの本当の美しさを見ていないだけ。
そいつらは、この領区のように、全部同じで統一されてないと気が済まない。ただそれだけだ。
九領区のやつらはどうだった? 俺やエーやビーはどうだった?
メナス。お前の居場所はここじゃない。個性的な集まりである俺たちの許だ」
部屋を飛び出し、泣きながらぎゅっと抱きつくメナスを抱え、何も言わずに地上へ降りる。
すすり泣く声だけがうっすらと聞こえる。答えはそれだけで十分だ。
「ベニーがうらやむ銀色の髪もまた、美しい。しっかり捕まってろよ!」
人として扱われなかったのだろう。傷があるだけで親子の縁を断ち切られ、利用され、蔑まれる。
そんなものは家族でも何でもない。血の繋がりが家族なんかじゃない。
大切に思いあえる心こそが家族なんだ。
「お前の家族は俺たちで、ここにお前を二度と戻すつもりはない。忘れ物はないな」
コクリと頷く仕草を確認して、俺は思い切り跳躍し、皆の許へと戻った。




