間話 幻魔界
ルインたちがシフティス大陸に向かう前の事。
ジェネストは、バシレウス、オストーことレウスと、ウォーラスを連れて幻魔界へと赴いていた。
「あなたたちとの行動はかなり慣れているつもりですが、身勝手な行動は許しませんよ」
「わかってるって! お、あれは何だ?」
「幻魔の世界、面白いカベ。青紫色の世界カベ」
「言ったそばからなぜ勝手な行動をとろうとするんですか? 理解できませんね」
レウスは空をふわふわと飛び、ウォーラスはその辺りの壁を調べ始める。
ふぅとため息をつくジェネスト。
幻魔界では常に瘴気が発生しており、常人では数秒と持たず死んでしまう。
しかしウォーラスにしろレウスにしろ、瘴気とは無縁の存在だった。
「二人とも、あまり離れないようにしてください。迷ったら二度と戻れなくなりますよ」
「それはだめだ! ルインに会えなくなるのは嫌だから大人しくする! けどな、探索もしたい!
土産も持って帰りたい! いいだろ? な? 特に箱がいい。また中に入ってルインを
驚かせてやりたい」
「面白そうカベ。この辺りのカベは質が悪いカベ。少しよくして帰りたいカベ」
再び大きくため息をつくジェネスト。持ち前の三指の剣をブンと振りぬく。
『ごめんなさい』
「わかればいいのです。それでは行きますよ」
道のないような紫色の地面を進むと、しばらくして小さな庵が目に入る。
あたりはそれ以外何もなく、殺風景な場所だった。
「ここにはもう、来ることはないと思っていました。傀儡と化した私には自由がある。
ずっとここから抜け出す事ばかりを考えていた日々が懐かしいですね……」
「ここを懐かしむ……か。変わったな、お前も」
「っ! 盗み聞きとは感心しませんね。てっきり中にいるものとばかり思ってました」
「客が来るなど本来あり得ぬ事だ。出迎えくらいはする」
「ふん。あなたこそ変わったのではありませんか? 以前のあなたなら、そのような暇があれば
剣の稽古をしていたでしょうに」
「戦う相手がいない今、その行為には矛盾を感じてならない」
ジェネストがゆっくり振り返ると、十指の剣を携える男が立っていた。
クリムゾン・ダーシュ。幻魔人であり、ブレアリア・ディーンに招来されし者。
そしてジェネストは、彼を招来する術を持っている。
「まずは中に入れ。不思議な客人も一緒にだ」
「ふん。言われなくてもそうするつもりですよ」
庵の中は実に殺風景で、必要な物が殆どない。
とても暮らしていけるような環境ではない中に、彼はいた。
「地上の様子はどうだ。退屈か?」
「いいえ。誰かさんのお陰で大忙しですよ。幻魔の領域は、相変わらず時が
止まっているかのよう。息が詰まります」
「そう見えるのはお前が楽しんでいる証拠だ。ディーン様がこの領域を作って以来
ここ以外で暮らすつもりはないがな」
「私には耐えられなかった。ここよりずっと、清い場所に憧れていた。神殿は、居心地が
とてもよかった」
「それなら今でも、神殿に戻ればいいだろう? 殿方殿なら許してくれよう」
「……いいえ、訂正します。神殿は大していいところではなかったです」
「相変わらず、素直ではないな。さて、早速修行を……」
バキッという音とガシャンという音が部屋内に鳴り響く。
音の鳴る方を二人が見ると……瓶を壊したレウスと、壁を壊したウォーラスが
目を合わせていた。
『ごめんなさい』
「あ、ああ。あまり気にしないでくれ」
「あなたたちは本当にじっとしていられないですね。いい加減、怒りますよ?」
三指を振りかざすジェネストを前に、身を縮めて反省する二人だった。