間話 強制送還
「シーを解放して欲しい。どうか、この通りぞ」
「そうはいってもですね。また彼が暴れ出したら私たちじゃ抑えられないんです。
ところであなたも、姿をいつまでも隠していないで、仮面などを外してもらいますよ」
「よせ。私に触れるな!」
「メナス。もう無理だ。抵抗したら余計怪しまれるだけだ」
「くっ……私は自分の醜い顔をさらしたくないだけぞ……」
「女性の方ならこちらにも女性の護衛がいるので安心してください。おい! 奥の部屋へ連れていけ!」
メナスは奥へ連れて行かれると、仮面を外される。
ここに来る間に、かなりのメイクを施し、声色を少し変えていた。
長身だけはごまかせないが、すべてを解き放つと、美しい銀色の髪が揺れる。
「これは……九領区の当主、銀髪の女狐様では?」
「……」
「私、あなたを尊敬していて……アウグスト・ラトゥーリア・メナス様ですよね?
いいえ、見間違うはずがありません」
「そのような名、何の意味があろうぞ」
「ですが……」
「私はただのメナス。もう貴族ではない」
「なりません。九領区のよくない噂は聞いております。シルベン男爵もきっと今頃心配しております」
「ばかを申すな! あの男が私の心配なぞするものか! 醜い私を追いやったあの男が!」
「し、失礼しました……ですがあなたをこのままここへ留めさせれば、シルベン男爵に隙を突かれるのは必至。どうか、お戻りいただけないでしょうか?」
「くっ……ならば九領区へ戻せ」
「ご存知無いのですか!? 九領区が封鎖された事を」
「どういう事ぞ!? 封鎖とは」
「あの領区から伝染病がもたらされたと噂されております。そのためシルベン男爵の指示で……ひっ」
激しい剣幕となったメナスは、部屋を飛び出し、ビーの待機している部屋へと向かう。
置いていった剣を握りしめ、今にも討ち入りしそうな勢いだった。
「お、おいメナス。落ち着け。どうしたんだ!? 一体」
「我が九領区を解放しにいく」
「はぁ? だってお前、あっちは任せたから大丈夫だって」
「封鎖されたのであれば、大丈夫ではあるまい! 止めるな!」
「いいや、止める。ここで暴れればお前まで牢屋行きだろ?」
暴れるメナスを取り押さえるビー。凄い力だが、落ち着くまで待つしかない。
「放さぬか! 放せ! 放せ!」
「ぐっ……頼む。今は落ち着いてくれ。シーのためにも!」
「くっ……私はこのままだと……家に……どうすれば、どうすれば……」
「お前の家は九領区だろ? そこへ戻るなら都合がいいんじゃないのか?」
「違う! このままだとシルベンの許へ戻される! あそこには戻りとうない。もう、嫌ぞ……あんな目で
見られるのはもう嫌ぞ……」
「メナス様! おやめください!」
護衛が数人部屋へと押し入る。状況を見て動揺しているようだ。
まずいと悟ったビーは、とっさに一芝居討った。
「おっと。こいつの持ってる武器を奪って俺も逃げようとしたんだが、ばれちゃしょうがない。
降参だ」
「な、何を」
とっさにメナスの口を塞ぐビー。
突然の事でかなり動揺するメナス。
「別に暴れたりはしない。おとなしく捕まるよ。どうせここにいても俺一人になるだけだろ。だったら
いっそ、シーと同じ部屋に閉じ込めてくれよ。その方が気が楽だ」
「わかりました……あなたもメナスさんを心配して……」
「ビー! 貴様、勝手すぎようぞ! なぜ……」
そう告げようとしたメナスに耳打ちするビー。
「必ず迎えに行く。何領区だ」
「十八領区ぞ……」
すっとメナスから離れたビーは、護衛に一礼する。
「どうか、丁重に送ってやってほしい。もう、暴れたりしないはずだから」
「わかりました。メナス様はきちんと送り届けさせていただきます」
連れて行かれるメナスは、とても悲しそうな表情をして振り返る。
だが……ビーは親指をたて、元気よく笑って見せた。
それは彼から戦友メナスへ送られた、希望そのものだった。