第五百三十二話 絶妙な力加減
「兄ちゃん、なかなか頑張ったじゃん。それじゃそっちの兄さんの出番だ」
「左手でもいいか?」
「お、左利きかい? おーいゴンザレス、左手でもいいか?」
「構わねえぞ! 負けるわけねえし」
「だそうだ。いいぜ。それじゃ準備はいいか!? よーい、はじめ!」
「ふん! おらおらぁー!」
「……は?」
これは拍子抜けだ。本当に見掛け倒しだ。筋骨りゅうりゅうに見えて中身はすかすかなのか?
身長差はあるが、てこの原理で持っていくタイプなのか。
「むぐうううう、やるじゃねえか! だが踏ん張れるのもここまでだ! アイアンデストロイ!」
「物騒な名前だな。腕相撲に技とかあるか?」
「笑ってられるのもいまのうちだ! グラシオラスデストロイ!」
「……ちっとも笑ってない。もういいだろ」
バタンと勢いをつけずにゆっくり相手側へ倒す。
あたり一面シーンとしてしまう。
おかしいな、絶妙な力加減でぎりぎり勝ったをアピールしたつもりだったんだけど。
「ありえねーじゃん! ゴンザレス、おめえ負けないって言ったろ!」
「ち、違うんだ。こいつ、きっと左手に何かあるに違いねえ!」
「別に何もないよ。右手だと危険だからと思っただけだ。それに左利きっていうより両利きだし」
「ほう? じゃあ右手でも勝てるってのか? なら右手でやろうぜ!」
「勝ったんだからもういいだろ。金はいらないから通してくれよ」
「そうはいかねえ! トループ鉄則!」
「トループは強さこそ全て! 一般民に負けたままでいられるか! 右手で勝負しろ」
これはたまらないな。こいつら、勝っても負けてもまた絡んできそうだ。
どうしたものか……と考えていたら、奥の方でビーから合図がある。
派手に負かせ……か? 策があるようだから乗ってみよう。
「それじゃ第二戦。準備はいいか? いくぜ! 用意……はじめ!」
「うおおお! ブロンズ、デストロイ!」
「なんで右手だと劣る名前なんだ!? ええい! 恨むなよ! はっ!」
バキャリと音をたてて、台が粉砕し、相手を打ち負かす。
それと同時に上空へギィーーーン! と轟音が鳴り響いた。
「な、なんだ今の音は!」
「衝撃音? 何かあったか?」
ざわざわと声が鳴り響く中、さっさとその場を後にするシー。
第一トループのメンバーたちは、何が起こったのか気づかず辺りをキョロキョロ見回している。
「うまくいったな」
「音で紛らわせたのか。タイミングぴったりだ」
「やっぱり負けたやつには注目しないもんだな。いい演技だったぜ」
「そっちもな」
「二人とも、息ぴったりっしょ。久々の戦闘になると思ってたのに」
「多分嫌でも後で戦うだろう。穏便に抜けれるにこしたことはない」
「おっと待つじゃん。あんたたち!」
ちっ。一人めざといやつがいたか……腕相撲に誘ってきた奴だな、こいつ。
「すげーじゃん! 感動したじゃん! はいこれ金貨。二回負けたから十枚にしておくじゃん」
「……ありがとう」
「先に行くってことは貴族領にいくじゃん? その恰好だけじゃ不安じゃん? 真っすぐ進んで左側に
リーガルアタイヤって店があるじゃん。そこで適度な宝飾具、身に着けるじゃん」
「あ、ああ。なんか悪いな」
「見たとこわけありじゃん。俺っちの名はジェイク。一領区で困った事があれば聞いて欲しいじゃん」
「今のところ大丈夫だ。機会があればまた……」
「やっぱ服飾店までついていくじゃん。腕相撲、終わっちゃったし」
この流れはちょっと困る。しかしここで断れば明らかに怪しまれるだろう。
俺たちは頷きあい、共に行くこととした。どうにかそのリーガルアタイヤという店で
彼を巻かなければ……。