第五百二十二話 酒場の看板娘たち
下町は夜となると賑わいを増す。昼間は多いに働き、夜は大いに飲み食いする。
そんな日常がこの国では習慣となり、夜を楽しみにきつい労働を文句も言わずこなしている者にとって
酒場は最高のやすらぎを与える空間。
その扉がぎぃと音を立てて開く。中は満員御礼。かなりの人数だ。
「今日は予約でいっぱいだよ! 他をあたって!」
「こっちのテーブル。お酒まだぁー?」
「今もって行くね。ちょっとだけ待っててくれる?」
「はぁい。そんな可愛く言われたらお姉さん待っちゃうわぁ」
「おーい姉ちゃん。こっちきてお酌してくれよ。へっへ」
「いいけど一人レギオン金貨七枚よ?」
「いいじゃねえかお酌くらいよ。なぁ? ……いいけつしてるなぁ。へっへ」
「あ、禁句。女将さん一名吊るすねー」
「あいよー! 景気よくやってやんな!」
「邪術、釣り糸」
「うひゃあーーーー!」
「わーーーーはっはっは! バカでぇこいつ。よりによってサニーちゃんに手を出そうとするとは」
「そうだぞ。他の子なら一瞬くらい触れたかもな。その手がちょん切れるけどよ。ぎゃはは」
「はいはい大人しく飲んでいれば綺麗な私たちを眺めるくらいなら許してあげるから。
あ、でもレナに視線を釘付けにしてたら怖がるし、その時は吊るすね!」
「こえーけど最高だぜ! 今日も飲むぞぉー!」
『おおーー!』
盛況な酒場を見て少したじろぐが、一人の金髪女性が走って近づき、入って来た男に抱きつく。
『ちょっと、何ぬけがけしてんのよ!』
「おいおい、何だあの男。今ベニーちゃんに抱きつかれてなかったか?」
「見間違いだろ? ベニーちゃんだぞ?」
「いやいや、そんなありえねぇ……」
「おいベル……ニー。時と場所を考えろ!」
「何言ってるっしょ。だって会いたかったんだもーん。えへへ」
「はぁ……それより席へ案内してくれ。他の客の視線があたらない席、あるよな」
「用意してあるっしょ。こっち」
「シー。お前……今のうらやましいのは何だ? 宿で気絶してるエーがいても同じこと言うぞ」
「気にしないでくれ……」
「あの娘、何者ぞ。相当腕がたつ」
入って来たのは全部で三人。目つきが鋭い男。青黒い長髪をなびかせる男。そして……帽子を被った変な眼鏡をつけた性別不明の長身の者の三名。
目立っていたが、それを粉砕するように、厨房から声が上がる。
「今日はスペシャルメニュー、ファニー特製バエリアがあるよ! 早い者勝ちだからね!」
『うおお!』
「やったぜ! 二人前頼む!」
「こっちは三人前だ!」
「こっちもだぁー!」
客は既に入って来たやつのことなど忘れ、夢中で料理を頼み始めた。
厨房を通り過ぎがてら、シーに微笑みウインクする女性に対し、少し安堵した表情でウインクを返すシー。
席に着くとしばらくして、美しい音色の音楽が鳴り始める。
その途端、さっ……と酒場全体が静かになった。
「おいおい、音楽の提供までするのか、いつからこうなったんだ?」
「貴族街でもみかけない。下町も随分よくなったものぞ」
「ああ……そうだな。静かなうちに注文してしまおう。コーネリウスはまだか」
「注文、承りまぁーすっ。えっへへー」
座っているシーを、上から両手で包むように注文を取りに来た不思議な恰好の女性。
少し悪だくみをしそうな彼女に勧められた料理を頼んでいく。
「しかし、なんでここの店員はシーにべったりなんだ? ああいうのがモテるのか?」
少し首を傾げるビー。
うーんとうねりながら天井を見上げる。
「……レニー」
「……平気。順調」
「……こちらは、少々トラブル気味だがうまくやっておく」
「はぁーい! それじゃシーさんは激辛ぷに焼売ですねっ」
「お、おい。激辛はちょっと……」
「直ぐに飲み物も、お持ちしまぁーす!」
再びウインクをしてその場を後にした女性。
「ほら、しっかり。私がついてるわ」
「で、でも。恥ずかしくて」
「あ……」
天井を向いていたビーは、一人の女性へ釘付けとなる……が、すぐさま視線を外し、テーブルの傷の
数を数えだした。
飲み物を持ってきた二人の女性のうち一人がシーのところへ行き、胸を押し付けた。
「こうやるのよ、レナ」
「おいばかサニー! おまっ……むぐっ」
大胆にもほどがあるサニーの行動に、もう一人の少女は飲み物をテーブルに置くと、真っ赤になり
走って逃げてしまった。
「もう、子供ねぇ」
「ぶはっ。お前な! またいきなりとんでもないことして!」
「だってだってぇー! ベニーがぁ!」
「あー、お前たちその、知り合い……か?」
「……妻……だ」
「第、一、妻! のサニーでぇーす! いけてるお兄さんたち、よろしくねー!」
「こほん。私はこれでも女ぞ。できればはしたない行動は控えて欲しい」
「面目次第もありませんでした……毎回注意してるんだけど……」
下をぺろりと出して微笑みながら、厨房の方へ戻っていくサニー。
シーは頭を抱え、苦悩していた。
正直、コーネリウスがまだ来てないことだけが救いだったようだ。