第四百九十三話 とある下町の宿屋
「いたたたた……スピアちゃん、もう少し優しくしてくれんかのう」
「何を言ってるんだ。十分優しくしてるだろ! 後はここに貼ればいいんだよな? 先生」
「ええ。先に冷やしてから……あっ」
「うおー--、しみる! しみるー-!」
「あれ、順番間違えたかな。まぁいいか」
「よくない、全然よくないぞ、スピアちゃん! ぐおおー、しみる!」
ここはとある宿屋の一室。室内には怪我をした老人と、濃い赤色の髪をした娘に、温和そうな
男性が一人いた。
老人は足を骨折したのか、包帯でぐるぐる巻きにされており、それ以外にも無数の傷を負っていた。
「いやはや、さすがのわしももうだめかと思ったわい。足二本で済んだのならめっけものじゃな」
「いえ、普通死にますよ。あの高さから落下したら。彼がおっしゃっていた通り、とんでもない方でしたね、あの女性は」
「そうか? スピアは結構好きだぞ、あの人面白い。人間ぽく見えるけど人間じゃないし」
「いたたた! 話に合わせてバシバシ叩かないでくれるかのう、スピアちゃん」
「それにしても皆さん平気でしょうか」
「なぁに平気じゃろう。わしの厳しい修業を受けた以上、この大陸でも十分通ずるよ。
それに娘さんたちのほうにはあのお方もついておるからのぅ。絡んだ相手の方が心配じゃわい」
「それはそうですね。怪我をした方がいればいつでも治療できるように、手配はしてあります。
そういえば買い出しからそろそろ彼女が戻ってくるでしょうか……」
と温和な男性が呟くと、一人の女性が入ってくる。
「ただいま。もう処置は終わったの? 手際がいいね。さすがだよ」
「おかえりなさい。医療道具類の補充はいかがでしたか?」
「うん、滞りなく済んだよ。品ぞろえがいいね、ここは。それにおまけもしてくれたんだ」
「それは姉さんが綺麗だからだ。いいなー、スピアも憧れる」
「おや、スピアだって十分に綺麗だと思うよ。ラートも君の熱心に働く姿は褒めていたよ?」
そう聞いてスピアと呼ばれた女性がかぁっと真っ赤になる。
ほめられるのに慣れていないのか、そのままバシバシと治療してる老人の足を叩きまくった。
「ぎゃー--! 荒療治にもほどがあるぞ、スピアちゃん! くぅ……なかなかにない刺激じゃ……」
「ふぅ。大分お元気になられたようなので、私はこの町にいる病人や怪我人を
探して診て来ようかと思います」
「先生、スピアも行くぞ。爺さんは放っておいても大丈夫だし」
「そうだね。私も行こうかな」
「なんと! わし一人を置いていかないでおくれー、せめて男色美貌貴婦人だけでも残ってくれんかのう」
「またおかしなあだ名を……あのー、笑顔が怖いです……」
「スピア、もう少しだけ強くたたいてもよかったかもね」
そうつぶやきつつ三人は宿屋の外へと出る。
下町でありながら活気があり、獣人族が多く行き交っている。奴隷だろうか。
この町を眺めて温和な男性は深いため息を漏らす。
町には活気があるが、衛生面などはかなり酷い。これではいつ重い病気が蔓延してもおかしくないと。
「やっぱり気になるみたいだね。確かに活気はあるけど、生活困窮者も多いようだよ」
「そうですね。食料は確保できているようですが、水資源が不足しているように思えます。これは世界共通
ではりますが、水を軽んじれば国が滅びます。ここは彼にも相談ですね……」
そうつぶやきつつ三人は町の様子をくまなく調べ上げていった。