第四百九十話 お手洗いで絡まれる者
隊長を含む四人の兵士たちは、ア・ペタイトにて食事を堪能している。
シーが立ち上がると、お手洗いへ行くと告げ席を離れた。
「……ふう。息が詰まる。参ったな。侵入経路だけ確保して撤退する予定だったが……」
「ぱーみゅ? ぱみゅ!」
「ああ、有り難うパモ。応援してくれて」
シーは何者かと話をし、綺麗なお手洗いの天井を見、辺りを見た。
鎧甲を置く場所が設置されており、一つ一つが部屋ほど広い。
誇り一つない程綺麗に清掃されている。よほど厳しく教育を受けているのだろう。
……望むものに付き従うのではなく、望まずとも付き従わねばならない奴隷制度……か。
運が悪ければ毎日地獄しかないだろう。運が良くても自由はあるまい。
しかしその生活を壊して救ってやるような事は、俺には出来ない。
それを本人たちが望んでいるかもわからない。
この国に来てから特別、極まって不幸な者は見てはいない。
だが……。
「おい、隣の奴。私がお手洗いにいるときに独り言を呟くとはいい度胸だな」
「……すみません。お腹が痛かったので」
「外に出ろ」
まずいな。喋り声が聞こえただけでこれか。
――――シーが外へ出ると、洗練されたきらびやかな美しい鎧と兜、マントを身に着けた青年がいた。
りりしい顔立ちだが白く美しい肌が見える。傷一つ見当たらない。
線は細く華奢だ。兵士には見えない。
「見ない鎧だが、そんなださい恰好で恥ずかしくないのか。ここは二十三領区だぞ」
「すみません。支給品でして」
「ふん。なんだ特兵じゃないのか。ふうん、まぁまぁのガタイじゃないか。そこそこ強いのか? お前」
「いえ全然弱いです」
「フッ。嘘はよくないなぁ。この国に弱卒兵士なんていない。そうだろう?」
「そうですね。弱卒はいませんでした。その中では下の方という意味です。失礼しました」
「よろしい。それでだ。下の方の君。名前は?」
「ツインです」
「変な名前だな。まぁいい。貴様にこの伯爵の息子であるエルエレン・シュトラ・コーネリウスから
命令だ。我が相手をしろ。拒むことは許さん。食事が終わったら二十三闘技場に来い」
「……他の兵士たちに聞かないと何とも言えませんが、断ってはいけないのですね?」
「そうだ。他の者がいるならちょうどいい。こちらは全部で三人。相手をしろ」
「……隊長に確認を取って来ます。あの、場所がわからないのですが」
「ふん。安心しろ。外の御者にこれを渡せば連れていくようにしておく。受け取れ」
男は一枚の青いコインを投げて渡した。それなりの勢いだったが指に挟んで受け取った。
ずしりと重さが掴んだ指先に走る。
「ほう。やはりお前、なかなかだな。重術をかけたんだけどな」
「いえ、重みで指がへしゃげるところでした」
「ふっ。まぁいい。それではな。あまり騒ぐなよ」
「はい」
まずった。また余計面倒な事になったな。これではさらに報告が遅れてしまいそうだ。
食事処へ戻ると、先ほどの話を隊長に伝えた。
「エルエレン・シュトラ・コーネリウス殿だと? また厄介な者に目をかけられたな。
仕方あるまい。下町に戻るのはもう少し待て。貴様らはこれから同じ班となる。
ちょうどいい演習になりそうだな!」
「じ、自分は貴族相手に戦うのは御免であります!」
「俺も嫌だな。何されるかわかったもんじゃない」
「すまない。まさか一言口走っただけで絡まれるとは思わなくて」
「お前のせいじゃないさ。貴族の道楽みたいなものだろう。それにここであまり会話するのは
危険だ。愚痴っても仕方がないし」
「悪いなビー。エーも嫌だろうが頼む」
「仕方ないのでやるであります!」
食事を一通り終えた俺は、外で待機する御者の一人に先ほどの青いコインを見せた。
御者は青ざめた表情となり、急ぎ馬車を手配して、俺たちを乗せ出発した。