第四百七十三話 主が起きる前に、主が喜ぶ食べ物を
目を覚ましたルインは、すぐ傍らにメルザと共に寝ていた。
ルーンの安息所の片隅に、布をかけてくれている。
周りにはもう、誰もいない。ルインとメルザ二人だけだった。
ブネの手で、しっかりと自分の手を握られている。
幾度も握りしめた手は、もうない。
何度も何度も、口に出して言いたかった。
けれど、どんな言葉を伝えても、あいつは笑顔で応じてしまう。
「俺様の子分を守るのは親分の務めだぜ、にはは」
そんな風に言って……慣れない反対の手で応じて強がるメルザを、常に守るようにして。
メルザは何も言わない。でもきっと、自分の手の感じとは違うだろう。
普段の生活全てが、行い辛いはずだ。でもこいつは、文句ひとつ言わず、一生懸命俺と行動
してくれている。
「う、うーん……」
どこまでも無邪気で真っすぐ。明るくて元気で、光のよう。
この光と半年も会えない。そう考えるだけでも、心に大きな穴が開いた気分になる。
あの時海底で大けがをおったのなんて、比べ物にならない痛さだ。
「でも……ハクレイのおかげで決めたんだ。離れる時も、再び会う時も、何ていうかをさ」
片腕は動かせず、もう片方の手はメルザの手をしっかり握っている。
「ちゃんと、傍にいるからな……ってさ。ブネには旅についてきてもらう。
やっぱり俺は、メルザと片時も……離れたくないんだって」
「うーん……」
寝返りをうつ主。だが手は、強く握られたままだった。
思えばずっと、こうしてきた。そしてメルザは本当に変わらない。今この時がずっと、続けば
いいのにと思いながら、夜はしんしんと更けていき、ルインもいつのまにかもう一度、眠っていた。
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「あらお二人さん、本当ーーに随分と仲がよさそうねぇ」
「安息所だからってそんなべったり寝るのはずるいっしょ」
「結局メルザちゃんなのね! わかってるわよ、だって可愛いんだもの。でもねぇ」
『腕枕はずるいわ!』
「んあぁ……ねみー……」
「おい三人とも。何言ってるんだ? あれ、動かせないのはメルザの頭が乗ってるからか。
いや、そもそも左手で、いつも手を繋いでいた左手に手を繋ぎたかったからこうなったのか」
横向きで眠っていたらしく、俺の服を布団代わりにとぐいぐい引っ張られる。
破れる! 破れるから!
「本当に朝が弱いわよね、メルザって」
「まともに起きれたためしがないからな。スッパムがあれば話は別なんだけど」
「うーん、すっぱむぅ……」
「ちゃんととってきてあるわ。ジャンカ村の名産なのよ、もう」
「そういえばメリンの売り上げも好調みたいで、メリン以外の味も何かないか思いつかないかーって
言われたけど、妖魔の国の果物とか使ったらどう? って言っておいたわ」
「ルインならいっぱいしってそうっしょ。それこそメルちゃんがいなくなる前に食べれたら喜ぶんじゃ……あ」
口を塞ぐベルディア。やっぱりこいつらも俺に気を使ってくれてるんだよな。
俺もちゃんとこいつらの気持ちに応えてやらないと。メルザがいつも俺にそうしてくれていたように。
精一杯、笑って見せた。
「三人とも。ありがとう! 俺なら大丈夫だ。ちょいとばっかし右手を痛めつけすぎたけど。
治療してくれたのは先生だよな。早速手をかけちまった。後で謝らないと」
「……手をかけたことにじゃなく、違う方で謝った方がいいわよ。それと、マァヤを紹介しておいたの。
マァヤも会いたがっていたから、あとで行ってあげてね。それと……ブネも」
「ファナ。お前は本当に頼りになる。いない間、みんなをまとめてくれてたし面倒を見てくれて
たんだろう? 感謝するよ」
「えっ? それはその……私だって、妻だから」
「ちょーーっと! 何であんただけ妻顔してるわけ? 腹たつわー! ルイン! 私だってちゃんと
色々やったんだからね! えーと、色々……私何してたっけ……」
「サラは比較的なんもしてないっしょ」
膝から崩れ落ちるサラ。どうやら本当にあまり何もしていないようだった。
サラらしくていいと思うんだが。
「それじゃメルザが起きる前に、新作のプリンを作ってみるよ。野菜類は冷凍キューブの中にあるか?」
「あるけど……野菜使うの?」
「お……あるな。まぁ見ててくれ。手間はかかるが味は保証するよ」