第四百四十二話 過去から現代へ。スピア 改造された竜種
これはベッツェンがまだ崩壊する前の話。
ここはとある竜の谷。スピアはドラディニア大陸の峡谷で育った竜。
もともと会話が出来るほどの知性があるわけではないが、非常に賢い生物である竜種。
スピアは遠くを眺めているのが好きな竜だった。
ある日いつものように美しい翼を羽ばたかせて、遠くを見ていると――――。
黒い鎧を身にまとう、真っ黒なものに乗る何者かがやってくる。
「ここか。カウントレスハートレス」
あたり一面を短剣が貫いていく。スピアに無数の短剣が突き刺さり、地面へと
叩きつけられた。
「ら、ライデン様。もう動きませんよね? しかしあの赤竜どもを一瞬とは。
いやぁ結構な手前ですなぁ」
「ふん。世事はよい。このような雑魚竜では相手にならぬか。手筈通りにやってみせろ。
いい出来のものだけ持ち帰る」
「へへっ、わかりやした。 獣合成アーティファクト、真玉の合成傀儡」
謎の男が何かを掲げると、倒れた仲間たちが自分の身体へ吸い寄せられていく。
自分の中に別の何かが入ってくる。そんな感覚が頭をよぎる。痛みと苦しみが増幅されうめき声をあげた。
スピアは息も絶え絶えで辺りを見回す。
多くの仲間たちが地面に落ち、血を流して倒れていた。
目の前で次々と人型に殺され、合成されを繰り返していく。
「何匹かはうまくいきやしたが、こいつはダメですね。縦についちまいやした。
放っておけば死にますぜ、多分」
「失敗したものは捨ておけ。最大合成でいくつまでいったか」
「七が一匹。後は三首ってとこです」
「鎖をつけ、しまっておけ。次の場所に移るぞ」
「へい」
ぎろりと睨むスピア。その目には同胞を、自分を襲った者への復讐心と
一瞬で自分たちを倒しつくした者への恐怖心が渦巻いていた。だが、もう奴らはいない。
そして……自分と結びついてしまった竜。その意思を感じた。死なせたくない、お前
だけでも生きろ。諦めるな……と。
あたり一面竜の血で覆われながら……スピアは大きく吠えた。許せない。人間、絶対に。
「ウウ、グウアアアアアアア!」
そして……スピアに結びついていた竜たちはそれぞれが宝石のような竜石となり、スピアに
巻きつく。
竜四頭分の身を留めるには相応の体力、精神力、治癒力などが必要。
現状で取れる形状を構築。その結果――――スピアは人型の竜、竜人種となり替わっていた。
さらに高度な知能、動きやすい身体、そして竜石の力を手にしたスピア。
一つ所で休んだ後、自分の人型の体を見て震えが止まらなくなる。
人型の身体の自分が怖くてたまらない。
おぞましく、恐ろしく、醜い。残忍な同胞殺しの身体。
何度も何度も自分の身体を攻撃し、苦痛を味わい、涙を流した。
幾度も死のうとしたが、そのたびに同胞の意思が流れてきた。
お前は生きろ。諦めるな――――と。
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そしてスピアは今、ルインたちと行動を共にしている。
一緒にいる者は殆ど人型。
しかしスピアの身体に震えは走らなくなった。
あれほど死のうと思っていたのに。あれほど憎く、恐ろしく思っていたのに。
いつしか同胞の意思は変わっていた。
生きろ、諦めるな、心許せる仲間を探せ――――残されたお前は幸せに
暮らせ。スピア――――安らかに生きよ……と。
「んあ? もー朝かぁ? ふあー、お休み」
「……こいつは何でこんなに無邪気でいられるんだ」
「おや、起きてらしたんですね。スピアさん。ふふふ、メルザさんはあまり色々
深く考えるのは好きではないようです。羨ましいと思いますよ。生物とは本来色々考えて
行動するもの。あなたも私もです。時には彼女のように無邪気になれたらなと思う事も
あります」
「……お前も色々、考えてしまうのか」
「そうですね。私には思い人がいました。もう会えなくなって何年も経ちます。
氷の中にいるようでした。そんな氷を溶かしてくれたのが彼女です。前に進もう、今の
ままじゃいけない。自分で努力しないといけないんだ……そう気づかせてくれたんです。
メルザさんの無邪気な笑顔がね」
「……こいつらといれば、そう思うようになれるのかな」
「ええ、きっとなれますよ。彼らはとても、暖かい。私が知る誰よりもね」