第三百七十七話 果たした約束、新たな約束
「到着したぞ。わかるか?」
「ありがとうブネ。よくわかる。手に取る様にさ」
「そうか。貴様自身、重要な感覚が損なわれても平然としておるのだな」
「目は確かに重要な感覚、視覚を司るけどさ。見えなきゃ見えないで、別の感覚に頼ろうとするんだ。
そうした時になんというか、違う感覚を強く持つようになるんだ。うまくは説明できないんだけど」
「第六の感覚だろう。あらゆる五覚の欠如を起こす場合、それ以外の感覚が急激に引き上げられる。
人間が持つ適応力の賜物だろうな」
「神魔解放したときに一番感じた違和感がこれだったんだよな。見えてない時の感覚が強まった感じだった。
なぁブネ。幻魔の宝玉により見えるようになった俺の、この目の力はなんなんだ」
「貴様は医学用語などはわかるか?」
「ん? ああ。医者程じゃないけど医療に携わっていたからそれなりにはわかる。人体の構造や機能などは
一通り頭に入ってる」
「そうか。それならば器質化とは何かわかるか」
「それはわかるが、幻魔の宝玉を取り込み器質化が起こって体内で停滞してるっていうのか?」
「人間は細胞の塊であることはわかるな。そしてそれらは多くの器官を構成する。その一つ一つに
幻魔の宝玉は力を与える器となる。その凄さはあらゆる遺伝子を読み込み、器官を模倣し構築する。
だがそれは人の持つ器官とは大幅に異なる。妖魔の構造は人間に近いが多核だ」
「多核? 心臓が複数あるっていうのか?」
「いいや。そうだな……貴様の世界に住まう者は心臓という核が管を通しているが、そうではない。
貴様はこの世界における人の子の構造や機能を理解しておらぬ。ゆくゆく教えてやるから学ぶがいい」
「そうか。前世の感覚で内部を把握していたつもりだったけど全然違うんだな。
幻魔の宝玉の状態が気になったんだけど、色々知れてよかったよ。勉強してみる」
「なぁなぁルイン。俺様頭がこんがらがってわけわからねーぞ」
メルザには難しすぎる話だったな。医学は楽しいんだが、こういうのはフェドラートさんや
リルの方が熱心に聞いてくれそうだ。違う話にしよう。
「少し神殿に行っている。しばらくは会えぬのだ。二人でゆっくりするといい」
「ありがとうブネ。別にいてくれても構わないのに」
「ふふふ。メルザがそのような顔をしているのだ。そうもいくまい」
「なっ!? 俺様、なんか変な顔してたか?」
「見えなくても少し想像ができるな。ブネとばかり話していたから拗ねてる顔だろう?」
「むー……俺様はそんなつもりじゃ……けどよ、けど……やっぱり離れたくないよ……」
「何言ってるんだメルザ。もう俺はずっと一緒だよ。離れたりはしない。
俺はメルザの子分。メルザは俺の唯一の主。そして……俺の妻なんだからさ」
「ルイン……あのよ、俺様さ。ばかだからさ。うまく言えねーけどさ」
「おいおい、いつもなら俺様は賢いんだー! って言うのにどうしたんだ」
「茶化さねーでくれよ! 自分にだってわかるよ。うまく喋れねーしなんて言ったらいいかわからねー
事がいっぱいある。ルインは頭もいいし、つえーし、かっこいいし。他の女にももてやがって
許せねーけど」
「な、なんか不穏な空気になってきたぞ。俺としては一途なはずなんだが厄介事にはよく巻き込まれる」
「そのよ。俺様と一緒にいてくれて、ありがとう。こんなめんどくせー女とよ、一緒にいてくれて
ありがとう! それが、ずっと言いたかったんだ」
「お前は世界……ゲンドール一可愛くて思いやりがある最高の女性だよ。セフィアさんやブネ、イネービュ
という女神、みなとっても美しいが、俺にはメルザが一番眩しく見える。
何においても純粋で真っすぐ。それこそ俺が思う女性の美しさだと思っている」
「……ルイン」
「ああ。こうして再び目が見えなくなっていても。仮にこの先この目が開かなかったとしても俺は
お前が側にいてくれるだけで何より、幸せだ。半年後、メルザが目を覚ましたらさ。ここに美味しい物を
持ってきてさ。宴をしよう。そう、俺がいた世界でいう披露宴ってやつだ」
「披露宴? それも食えるのか?」
「ふふふ、それが聞きたくて、あえて俺が言ったセリフだったんだけど。やっぱりメルザは最高だな!
食べ物じゃない。結婚式の後、身内でやるどんちゃん騒ぎだよ」
「ほんとか? すげー楽しそうだ。約束だぞ。にはは!」
桜の香りが広がる中、ゴォーーという遠くから聞こえる滝の音。
再びここで俺はメルザと約束した。
顔を近づけ甘い口づけをしながら。




